第21回 「足で稼ぐ」記者稼業

刑事や記者などという稼業は、俗に「足で稼ぐ」と言われる。靴のかかとをすり減らして、あちらこちらをうろついては、ネタを拾ってくるイメージがあるのだろう。

実際、記者という仕事をやっていると、靴は「消耗品」と化す。だからといって、1足1~2万円の安物をはくわけにもいかない。

「足で稼ぐ」稼業は、同時に「足元を見られる」仕事でもある。

取材相手は、1足20万円もしようという高級品をはき、日々の移動は専用車がついて靴のかかとなどすり減りようがないお偉方だ。

そんなお歴々から「足元を見られる」ようでは、記者としての貫目を安く量られてしまう。せいぜい見栄を張って、1足7~8万円の革靴を購めることになる。

まあ、結果から言うと、これくらいの価格帯がコストパフォーマンスは最もいい。

安い靴は、とどのつまり「安物買いの銭失い」となる。ある時、1足7000円くらいの靴を買ったことがあった。見てくれもさほど悪くないし、雨の日によかろうと思ったのである。

ところが、買って3ヶ月もしないうちに、靴底がベロンとはがれてしまい、二度とはけなくなってしまった。安物ゆえ、もちろん修理もきかない。

しょせんは消耗品ゆえ、1足20万円はさすがにもったいないが、7~8万円であれば諦めもつくし、靴底の交換もできる。

最近、革靴を毎日はくということがないので忘れてしまったが、靴底の交換は1回2万円くらいでできたと思う。新しい靴を1足買うお金で4回交換できるのだから、これはかなりお得と言っていいだろう。

筆者は、歩き方に癖があるせいか(がに股だからだろう)、靴のかかとが異様に片減りする。かかとの内側はほとんど減らないのに、外側がどんどんなくなっていくのだ。

半年もはいていると、かかとの外側が完全になくなってしまう。こりゃ経済的ではない。

そういうわけで、常時5足程度の革靴を買い揃えておき、うち3足をローテーションで使い回す。靴底を4回も交換すると、さすがにアッパー(上部)の革もくたびれてくるので、お役御免となる。1足あたりの寿命は6年くらいだろうか。

1足おしゃかになると、使っていなかった革靴を新しくおろす。それをはいてる間に、何足か買い足していく。そんな感じで、四半世紀もやってきた。

昼は取材、夜は会食で、靴の手入れをするヒマというものがない。休日にまとめてやっつければいいんだけれど、やりたいことは山のようにあって靴磨きにまで手が回らない。

個人的には靴磨きは大好きだし、「玄人はだし」であるという自負もある。得意なんです。

しかし、なにしろ時間がないので、いつも靴磨き職人にお願いすることになる。

「行きつけ」の靴磨きが、日本橋高島屋の脇にいた。高島屋正面玄関に向かって右脇に入る歩道上に「店」を構えている。

その頃(20年くらい前)、そこには3人の職人がいた。おじいさんが2人、おばあさんが1人。

おじいさんのほうに腕がいい人がいたので、いつもその人に磨いてもらった。

不思議なもので、このおじいさんのところには客が並ぶ。かたや、おばあさんのところには客がいなくて手持ち無沙汰にしているということが何度もあった。

時間がないとき、おばあさんに磨いてもらったことがあるが、なるほど違うのである。同じ靴磨きでも。おじいさんのはピカピカに光って、しかも2~3週間も保つ。さすが、プロだと改めて思ったものだ。

こっちも根が職人なので、こういう「職人芸」を目の当たりにすると、ひどく感心してしまう。取材がてら靴磨きの秘伝をいろいろ教わり。これだけで記事1本書けるくらいなのだが、今は話を急ごう。

靴磨きの代金が600円だったということはよく覚えている。というのも、当時は五百円玉貯金に凝っており、靴磨きのたびに千円札1枚、百円玉1枚を出しては、五百円玉をお釣りにもらっていたからだ。

600円は安いですね。今、「靴磨き」を検索すると、いわゆる「マイスター」みたいな自称職人がいっぱいいて、1足何千円という代金を取っている。靴磨きに3000円も4000円も出せるかっつうの。

靴磨きは10~15分くらいかかる。その間に世間話をするわけだが、このおじいさんが決まって口にする文句が2つあった。

「五百円玉はまだ貯めているのか? そろそろ銀行に持っていかないと泥棒にやられるぞ」

「お嬢ちゃんは元気か?(当時、娘が生まれたばかりだった。今は大学生である。光陰矢の如し)。酢はちゃんと飲ませているか?」

おじいさんは、子どもに酢を飲ませると身体が軟らかくなると固く信じていた。それで、オリンピックの体操選手に育てろという。モノが酢だけに、口を「酸っぱくして」繰り返していたことが懐かしい。

数年前、高島屋を通りかかったときは、靴磨きはおばあさん1人になっていた。今はもう彼女もいないのではないか。

あのおじいさんは元気なのだろうか、いや年も年だったから、きっと死んじまったのだろうな。と少しだけ淋しくなる。

「おまえさんは、今に大金持ちになるぞ」

と言われたことがあった。革靴が極端に片減りする客は、みんな大金持ちだというのだ。

単なるおべんちゃらだったのか、まことの話だったのか。今も昔も大金には縁がないが、どうやらいろんな人々との縁は切れずに此処に至っている。という次第。

ところで、今回は「熱狂のインドへ(その3)」を書く予定だったことを、またも今になって思い出した。

覆水盆に返らず、である。次回こそインドに戻るのだろうか。どうもこの逸脱が当面続くような気もしている。悪しからず、お付き合いをいただきたく。よろしくお願い申し上げます。