第133回 手書きのジレンマ

昨年の暮れのこと。
印刷した年賀状に、手書きでひとこと書き添えようとして、ふと手が止まった。
「新年のごあいさつ・・・」の「あいさつ」の漢字が出てこない。
「あい」も「さつ」も「てへん」の漢字だったはず。。
「てへん、てぇへん。てぇへんだ-」と銭形平次の子分・八五郎(誰?)になって、スマホで検索してみる。
「挨拶」・・・ああ、こんな漢字だった、昔は迷わず書けたのに・・・。

歳のせいか物忘れが激しくなったなぁ、なんて言ってる場合ではない!
きっとスマホやPCを日常的に使っているから、手書きの機会がなくなり漢字が書けなくなったのだ。
歳を取ったせいじゃない!
絶対スマホやPCのせいに違いない!!って、なぜに熱くなる?(→自分)
スマホやPCのせいと言うならば、それらを使わずに手書きに徹すればいいのだ(→自分)。

というわけで、早速、Campusノートとボールペンを用意した。
PCの前でノートを開いて何か書こうとするが、何も思い浮かばない。。。
とりあえず、日付を書いてみる。
ついでに今日の天気も書いてみる。
ちらちら雪が降ってたので「小雪」(←女優か!?と自分にツッコんでみる)。
そして、「小雪」の下に大きな字で「今日から手書き中心主義を実践するのだ!!」というインテリゲンチャ(?)な宣言を書いてみた。。。
「手書き中心主義」?
急に恥ずかしくなってノートを閉じた。
その後、このノートの行方は杳として知れない。
(昔、夏休みに会った「インテリげんちゃん」の行方も杳として知れない。。。「杳」(よう)なんて文字は、PCじゃないと変換できないのだ)

その時、手書き云々の問題ではなくて、「漢字」そのものを学び直せばいいのでは?と気づいた。
早速「漢字練習帳」を購入することにした。
文房具店のレジには若い店員さんがいて、この店員さんに「漢字練習帳」を差し出す自分を想像してみる。
「このおじさん、いい歳をして漢字の練習をするのかしら?ぷふふw」という心の声が聞こえてきた(想像上の幻聴)。
いや、ダメだ。なんか恥ずかしい。「漢字練習帳」購入は思いとどまった。
そして新たな考えが閃(ひらめ)いた。
「漢検だ!」

漢検とは「日本漢字能力検定」の略称で、漢字の能力を客観的に評価してくれるシステムだ。
注:「漢検」は、1975年に「日本漢字能力検定協会」が始めた検定で一時は非常な人気を誇っていたが、2008年頃になにやら「大人の事情」が発覚して、それ以降その人気は低迷していた。
(ちなみに、「日本漢字能力検定協会」が毎年12月に発表する「今年の漢字」は2007年が「偽」で、2008年が「変」だった)。
近年は過去のことを忘れたのか、人気が出てきたようだ。(あくまで個人の感想です)

漢検は、小学1年程度の「10級」から大学生/一般程度の「1級」まで10段階の評価基準がある。
漢字勉強のターゲットとして「1級」を受験しようかと思ったけれど、巷の噂では非常に難しいらしい。
初挑戦がその難関の「1級」というのは烏滸(おこ)がましいので、「準1級」を受験することにした。

早速、書店で「準1級」の問題集を購入して、自宅で開いてみた。
初挑戦が「準1級」というのも烏滸がましかった。。。
(まったく見たことのない漢字と熟語たち・・・もちろん読めるわけもなく、手も足も出るわけがない。。。買う前に確認しろ→自分)。

泣きながら再度書店に赴き「2級」の問題集を購入した。
(若い店員さんは泣きながら問題集を買うおじさんを珍獣を見るような眼で見るのだった)
さて、そんなこんなで漢検2級の検定試験の申込をして、2級の問題集を開いたり閉じたりしているうちに、2月11日の試験当日となった。

前日から降り続いた雪は、除雪されることもなく歩道を埋め尽くして、受験者の行く手を阻む。
腰までの雪を漕ぎながら、むかし観た映画「八甲田山」を思い出した。
ストーリーは全く覚えてないが、吹雪の中を彷徨する兵隊の姿だけが記憶に残っている(吹雪の映像しかないという説もある)。

闇雲に雪の中を歩いてようやく試験会場に辿り着いた。
受験番号を確認して席に着いた。
周りを見回してみると100人くらい受験者がいるようだ。
年齢は10代から80代(推定)まで様々だが、男女比はおよそ2対8で女性が優勢だ。
みんなどんな事情があって、漢検2級を受けるのだろう・・・などと考えているうちに、試験官が現れて、説明が始まった。
問題用紙が配られて60分の試験が始まった。

静まりかえった試験会場に、サラサラなのか、シャカシャカなのか、受験者の鉛筆の筆記音が響く。
その音は大きなうねりのようで淀みがない、などと感心していたら、もう出遅れていた。

あわてて答案用紙に書いてある試験の注意事項を読んだ。
「とめるところ、はねるところは正確に大きく明確に書きなさい。くずした字や乱雑な字は採点の対象外となります。」みたいなことが書いてある。
(え!楷書できちんと書かなきゃいけないの?)

問題に取り掛かる。
まず漢字の読みだ。
「1.句集を「献本」する」
(けんほん?いや、けんぽんだな・・・たぶん)
答案用紙に「けんぽん」と書こうとしたら、「け」の最後の縦棒がビブラートした。
「ん」の波部分がバウンドした。
(あれ?おかしい。手が震えてる?緊張か?)
消しゴムで消して、書き直す。でも字が波打つ。。。
(なんか変だ。ひらがなが書けない。。。乱雑な字だけど、ひらがなだから許してくれ!)
先に進まないと時間がないのだ。

次の漢字の部首を記せ。
「3.亜」
(あ!って、読みじゃないし。問題集で見たような気がするけど、なんだっけ・・・?くさかんむりとか、しんにょうならわかるのに・・・)

次のカタカナを漢字に直せ。
「21.畑にウネを作って・・・」
(ウネ・・・「毎」の右側になんかあったよな。。。「尺」か?「毎」に「尺」。しっくりこない・・・。そうだ「久」だ。「毎」に「久」、思い出せてよかったw)
注:このときの喜びは、後日、無惨に打ち砕かれるのだ。正解は「畝」

60分間の試験で、漢字の読み書き、部首、熟語、四字熟語、対義語・類義語、間違い探しなど120問に挑戦した。
しかし、語彙不足で曖昧な記憶力が仇となり、厄介な漢字群に愚弄されることとなった。
当初の旺盛な意欲は、苛酷な試験に直面して、すっかり萎縮し、憂鬱と臆病と葛藤が私を滑稽なまでに支配して抑圧したのだ。
その刹那、映画「八甲田山」の台詞が頭を過(よぎ)った。
「天は我を見放したぁぁ」

すっかり、打ちのめされて試験会場を出ると、会場のエントランスには幼気(いたいけ)な小学生たちが集まっていた。
このあと、6級の試験があるらしい。
未来があるって、素敵だ。

でも、薄い毛(うすいけ)のおじさんは、漢字の記憶を増やす未来を想像できないのだ。
こうなったら頭を切り替えて、漢字の記憶はPCやスマホに肩代わりしてもらうことにしよう。(→開き直り?)
AIが代わりに漢字を書いてくれる未来が、もうそこにきているじゃないか!(→やっぱり開き直り?)
未来が間に合わなかったら、今度は「準1級」を受ければいいや。
そんな諦念から生まれた爽やかな気持ちで会場をあとにしたのだった(支離滅裂か!)。

※本文章内に「2級」頻出漢字をいくつか鏤(ちりば)めてみました。
今回、最後まで読めたあなたは2級!(なんのこっちゃ!!)