第139回 マラソンをめぐる冒険

3月2日、知人の東京マラソンの応援に行ってきた。
知人が東京マラソンの抽選に応募し続けていたのは知っていた(もちろん、ハズレ続けていることも)。
応募する行為そのものに意義があるのだろうと思っていた。

それが当たったという。
努力は報われるのだとちょっとうれしくなった。
現地で応援するしかないと熱くなった(自分が当たったわけじゃないのに)。

東京は3年ぶりである。
しかも前回は仕事(っぽい感じ)だったので、用件を済ませるだけでとんぼ返りだった。
今回はマラソンの応援がメインなので、なんの制約もない。
前入りした3月1日はまさにフリーダム(昭和か)。

宿のある水道橋に着いたときには14時を過ぎていた。
まだ昼食を取っていなかったので、何か東京っぽい食べものを食べようということで店を探す。
するとすぐ近くに「ゴーゴーカレー」があった。
店に入ると、カウンターの向こうにカレーの国の人(?)が立っていた。
さすが東京だ、と感心しながらカレーの券売機に1000円札を挿入しようとしたが、吸い込んでくれない。。。
「シンサツはツカエナイヨ!」、カレーの国の人がカタコトで教えてくれた。
ほう、それではと隠し持っていた旧札を取り出す。

なんとか注文したカツカレーMサイズを美味しくいただく。
(「ゴーゴーカレー」は東京っぽくないじゃんというご意見もありますが、3年ぶりの上京で気が動転していたのです・・・ちなみにゴーゴーカレーは札幌にもあります!)

遅い昼食の腹ごなしに、ランニングをすることにした。
こう見えても(って、文章越しには姿は見えませんね)私は東京マラソン完走の過去を持つ。
(マラソンでマウントを取ろうとしているわけではないのにちょっとイヤミ。しかも「過去を持つ」って段階で後ろ暗い感じ)

兎に角、マラソン当日に代走を頼まれるかもしれないので、足慣らしは必須だ。
(ちなみに東京マラソンに「代走」という制度はない。といって、ほかのシティーマラソンにもないことはChatGPTに確認済)

水道橋から首都高に沿って南下していく。
土曜日のせいなのか、選んだ道のせいなのか、人通りもなく寂しい。
ふいに鋭い鳥の声が聞こえた。
声の方に振り向くと、あまり見かけない黒い鳥だ。
これが「伊勢物語」でお馴染みの都鳥か?、と一瞬思ったが、どうやらカラスのようだ(都鳥は白い・・・)。
やはり、久しぶりの東京で気が動転しているのだ。

気がつくと川があって、その向こうには石垣が見える。どうやら江戸城の跡地に来たらしい。
せっかくなので、万延元年、日本で初めてラグビーが行われたと言われている桜田門に向かうことにする。
(ラグビーの史実については、筒井康隆先生の「万延元年のラグビー」をご参照いただければと存じます)
しかし、目指す方向には立派な建物があって警備が物々しい。
制服を着たひとが、何か職務に関する質問をしたげにこちらに向かってくるので、眼をあわせないように静かに、かつ速やかにその場を離れる。
地下に潜ろう(って、何か活動をしているわけじゃなく、地下鉄駅に向かっただけです)。

地下は空気がやや薄く、眠くなって眼がトロンとするから「メトロ」だって言う話は聞いたこともないけれど、なんか眠くなってきた。
地下鉄が予想外に空いていたのは、土曜日だからなのか、繁華街から離れているからなのか。
せっかくなので、眠気覚ましに賑やかなところに向かう。

秋葉原。
さすがに賑わっている。そして、やはり外国人が多い。一瞬、自分が海外にいるのかと錯覚するくらいだ。
でも、落ち着いて辺りを見回すと伝統的なオタクの人たちもいるいる。なんかホッとする。
電気街、かつ世界のオタクの街。ようやく東京に来たなと実感した。
昔はPCパーツやジャンクの店をひやかして歩いたけれど、今は勝手が違うようだ。
この街の雰囲気を味わえたことに満足して撤収することにした。
秋葉原から水道橋まで、走って帰ろうか。明日のマラソンに備えて(って、もちろん私はマラソンに参加しないはず)。

 

それにしても、マラソンの距離は、なぜ42.195kmと半端なんだろう。
古代ギリシャのマラトンの戦いに由来するというマラソン。
たしか、ギリシャの兵士が勝利を伝えるためにマラトンからアテネまで、寝食を忘れて走ったという。

途中、妹の結婚式に参加したり、川が氾濫したり、山賊に襲われたりして、ほぼ裸で走ったという。
夕暮れの刻限にギリギリ間に合い、親友と抱擁し、暴虐非道な王様を改心させたともいう(って、話が変わった。。。)。

 

気がつくと大都会に宵闇がせまってきて、お腹と背中もせまってきた。
夕食こそ東京っぽいものを食べよう。

水道橋に戻って、とあるお店の暖簾をくぐる。
メニューをひととおり眺めて、東洋人っぽい店員さんに声をかける。
「中ジョッキに串焼き五本、鉄鍋一口餃子と酢もつ。。。とりあえず」って、博多料理の居酒屋だった。

東京っぽい食べ物って、何だろう?
ひとり考えながら杯を重ねるうちに酔いが全身に染み渡ってきた。
もう宿に帰ったほうが良さそうだ。

宿にたどり着いて、寝床にもぐり込もうとしてカプセルの入り口に激しく頭を打ち付けた。
目から火花が出たので、ちょっと酔いは醒めたけど、シャワーをする気は起こらなかった。
明日は明日の風が吹くさ、とそのまま記憶が飛んで行く。

そのときの私は、翌日、水道橋、秋葉原、浅草橋、両国、三田、門前仲町、内幸町、中野と東京中を走り回ることになろうとは知るよしもなかった(なんのこっちゃ)。