「ベルを鳴らして」『箱庭クロニクル』

ある大手書店では、坂崎かおるの作品はSF小説の棚にささっていた。その近くにある別の書店では現代小説のコーナーにあった。おそらく他の書店ではファンタジーの棚に置かれ、また別の書店では純文学のコーナーに並んでいることだろう。どれも間違いではないだろう。短編「リモート」は2020年「かぐやSFコンテスト」の審査員特別賞を受賞、同じく短編の「嘘つき姫」は百合文芸コンテストで大賞を受賞し、昨年には「海岸通り」が芥川賞候補作になったのだから。

今回の取り上げるのは、3作目の単行本である『箱庭クロニクル』なる短編集に収められた「ベルを鳴らして」である。

この作品は、邦文タイプライターをめぐる作品だ。邦文タイプライターはわれわれがぱっとイメージする欧文式タイプライターは構造は大きく異なり、ひらがな、かたかな、そして大量の漢字の活字を「タイプバーと呼ばれる機構が掴んで振り投げるように紙に打ち付け」て文章を印字していくものだ。小説の舞台は戦前で、邦文タイピスト養成学校に習いにきたシュウコとう若い女性と同級生の小枝子、そしてその学校の教師で、タイピングの達人である中国人男性・林建忠をめぐって物語は展開する。

秀逸なのは、まさに邦文タイプライターの構造そのものが物語を生み出しているところだ(坂崎作品はそのようなアイテムの扱いが精妙でいつも感心してしまう)。シュウコは圧倒的なタイピングの腕を持つ林に勝ちたいと思い、と同時に林を慕う気持ちが湧くが、その矢先に林は姿を消す。タイプライターの動き、タイピングをめぐる林との対話、字が刻まれた金属製の活字、練習のテキストに使われたグリム童話の一節、そんなものをシュウコを突き動かし、物語自体を駆動していく。何層にも重なった構造のなか、鉱物の結晶構造のような、繊細かつ精緻な美しい世界が立ち現れるのだ。

純文学とも、ファンタジーとも読める小説だが、実はこの作品は昨年、日本推理作家協会賞短編部門を受賞した。つまりミステリーとしても評価されたわけである。

私には、あらゆるジャンルの批評家や編集者が坂崎作品に惚れ込み、自らのフィールドからの視点で高く評価している、ということのように思える。もっといえば、文芸界全体が、坂崎かおるを称賛したがっているのかもしれない。それもうなずけるほど、坂崎が書いているのは、ただただ本当に優れた「小説」なのである。

「ベルを鳴らして」※『箱庭クロニクル』(1900円/講談社)に収録