『直立二足歩行の人類史』

われわれホモ・サピエンスの大きな特徴はなんといっても直立二足歩行である。その二足歩行にフォーカスし、最新の科学的発見を織り交ぜつつ書かれた科学ノンフィクションが、『直立二足歩行の人類史』だ。

4本の足で大地を移動していたであろうわれわれの祖先はいつ立ち上がり、二本足で歩くようになったのか。この謎は大いに我々を惹きつけ、実に様々な仮説が生まれた。サバンナでより高い位置から周囲を見渡すため、木の枝を持って敵を威嚇するため、より高いところの食べ物を取るためーーなどといった仮説は、他の哺乳類が時折後肢で立ち上がる現象から思いついたものだが、一時的に立ちあがる理由とはなっても、常に二足歩行する理由にはならない。なにしろ二足歩行の人間の走るスピードは非常に遅い。上記の理由で時々立ち上がったとしても逃げるときは4本足のほうが遥かに速いのだ。人類の祖先は沼地に住み、顔が水に浸からないように、沼や水の中を二足歩行で移動したという「水生類人猿説」が広まったことがある。だが試しに沼地を2本足で歩いてみればすぐわかることだが、ホモ・サピエンスが沼地を歩行したり泳いだりするスピードは絶望的に遅い。沼をヨチヨチ歩いているうちに、ワニなどにあっという間に食べられてしまうだろう。

本書によれば、二足歩行に関する仮説のほとんどは、「科学用語で書かれた物語」のようなものだという。古人類学者である著者は、さまざまな「証拠」によって、それらの物語を一蹴する。

その証拠とは、近年次々と見つかっている人類の化石だ。これらの骨の特徴を分析し(著者は脛骨の化石の専門家なのだ)、証拠に乏しい仮説を排するのみならず、支持を集めている有力な定説にさえ、疑義を呈するのだ。

多くの人が「人類の進化の図」を見たことがあるだろう。一番左に背中を曲げ手をついて歩くチンパンジーのような姿、隣には、背中が少し曲がり、顔を前に突き出して二足歩行する毛むくじゃらの猿と人の間のような生き物、さらに右に行くにつれ背中はまっすぐに、体毛を薄くなっていき、一番右に現代人と変わらぬ人間が直立して歩く姿が描かれている図で、図鑑や教科書などによく載っていたものだ。

著者によれば、これは間違っている。数々のホミニン(現生人類の絶滅した親類や祖先のこと)の化石を調べた結果、人とチンパンジーやゴリラが枝分かれする以前に、われわれと類人猿の共通祖先が樹上で直立して暮らしていた可能性があるのである。ゴリラやチンパンジーが行うナックルウォーク(前肢の手のひらを握った形で地面について歩く独特の歩き方。「人類の進化の図」の一番左に描かれているやつだ)は、むしろ直立二足歩行からゴリラやチンパンジーが独自の進化を遂げて生まれた、ということになる。

これほど、これまでの常識が気持ちよく覆される読書体験もなかなかない。本書にはそんな記述があちこちにあり、読み手を楽しませてくれる。もちろんそれが正しいかどうかは、さまざまな検証や反論に耐える必要があるだろうが、新たな化石の発見や地層の科学的分析などから生み出されたものであり、「科学用語で書かれた物語」のような仮説とは一線を画するものだろう。

また本書には、歴史的なホミニンの化石発見に関する記述が随所にあり、行間から化石への愛が伝わってくるのも好もしい。化石の発見を巡ってはドロドロとした政治的なふるまいも多く見られるようで、それを悲しみ、すべての研究者が化石を共有財産とし、その精巧なレプリカや3Dスキャンを扱えるようにすべき、という著者の科学的態度にも共感する。

二足歩行では早く走れず捕食されやすいにもかかわらず、なぜ人類は繁栄しているのか。「出来の悪い」二足歩行が、現生人類の体と文化をどう形作っていったのか。それを解き明かそうとする著者の筆致とその主張は科学的でありつつも読みやすく、明るく楽観的で、また人への信頼に満ちたものでもある。読後感は心地よく、感動的でさえあるのだ。ぜひとも読んでほしい一冊だ。

『直立二足歩行の人類史』ジェレミー・デシルヴァ著 赤根洋子訳