『「偶然」はどのようにあなたをつくるのかーすべてが影響し合う複雑なこの世界を生きることの意味ー』
都心のビジネス街の大型書店で、ブライアン・クラースの『「偶然」はどのようにあなたをつくるのか』が、大々的に展開されているのを見たとき、一瞬「大丈夫か?」と思った。というのも、本書は、まさにその書店で売られている数々の自己啓発本や経営本を全否定してしまっているからだ。
クラースは「世界は予測可能であり、努力や論理的な因果関係によって制御できる」という幻想を、論理的かつ科学的に打ち砕く。歴史の大きな転換点から私たちの日常生活に至るまで、結局のところ「些細な偶然」が決定的な役割を果たしていることを、数々の例をあげて示していくのだ。
世界は、時計の部品のように個別に切り離して分析できる「線形なシステム」ではなく、あらゆる要素が複雑に絡み合い、微細な変化が予測不能な連鎖を引き起こす「カオスな生態系」なのだ。例えば、第二次世界大戦における原爆投下においては、戦前、あるアメリカ人がたまたま京都旅行に行ったことと、戦闘機の出発時間と雲の動きが、十数万人の生死を決め、1995年にドイツのあるペットショップで突然変異したたった1匹のザリガニが、マダガスカル全土の栄養状態と感染症の状況を一変させてしまうのだ。
私たちはビッグデータや統計学によって未来を予想できると考えがちだが、クラースは、統計が導き出す結果からは、世界を真に変える「例外的な出来事」を予測することはできないという。さらには、過剰に最適化され、冗長性を排除した現代のシステムが、予期せぬ小さな衝撃に対して極めて脆弱になっていると指摘するのだ。
本書はすべてを偶然が支配するから何をしても無駄だ、と言っているわけではない。原書のタイトルにある「Why Everything We Do Matters(なぜ私たちの行動がすべて重要なのか)」という言葉が示す通り、自分の行動が世界のどこでどのような連鎖を引き起こすか予測できないということは、すなわち、私たちのあらゆる振る舞いすべてに世界を変える可能性があるということなのだ。
本書が教えてくれるのは、目の前にある一瞬の選択や偶然の他者との出会いを疎かにしない、すなわち日常を大切に生きるということでもある。自己啓発書や経営ノウハウ本を鵜呑みをして想像(妄想)の世界を漂うより、本書の論考を受け入れたほうが、よほど成功に近づくのではないだろうか。その意味で冒頭のビジネス街の書店での大展開も、まっとうかつ良心的、と言えるかもしれない。
『「偶然」はどのようにあなたをつくるのかーすべてが影響し合う複雑なこの世界を生きることの意味ー』ブライアン・クラース著 東洋経済新報社

