第101回 映画『国宝』のロングランで思い出す、メガバンク頭取候補と歌舞伎の「接点」
映画『国宝』のロングランが、いまだに続いている。興行収入は約200億円に達し、日本アカデミー賞の受賞も確実だろう。
どうしてこんなに売れたのか、正直言ってよく分からないのだが、雑誌記者としては(もう雑誌記者じゃないけど)理由なんか分からなくたっていいのである。
「国宝を観たら、なに歌舞伎って面白そうじゃん。一度行ってみようかな」という方々が増えているのが、目のつけどころなのだ。筆者の周囲にも、そういう方々が何人もいる。
事実、歌舞伎座の入りも跳ね上がっており、東宝が制作した映画(『国宝』)で松竹(歌舞伎の勧進元)が潤うという現象がすでに起こっている。
元雑誌記者としては、「国宝のおかげで歌舞伎に興味を抱いた」という読者層、需要に絞った特集を企画したら間違いなく売れるのにな、とストレートに思うわけだが、なかなかそういう特集、ありそうでないものですね。
2015年ごろまで、毎月一度、歌舞伎座に通っていたので、個人的には相当詳しいほうだと自負している。毎月一度でも、10年20年と重なれば500や600の芝居を観ている計算になるから、馬鹿にはならない。
歌舞伎に通うきっかけになったのは、とある取材先と親しくなったことだ。知り合った当時はまだ副部長だったが、早くから3メガバンクの頭取候補と目されており、最後は副頭取にまで出世した。
酒を呑んでいる時に歌舞伎の話題になって、彼も毎月一度は観賞しているという。「タニマチ」(歌舞伎俳優の有力な後援者)からチケットを買っているので必ずいい席に座れるというから、「じゃ私も」ということになった。
今の歌舞伎座は違っているが、その頃の座席は「いろはにほへと」順である。最前列が「い」で、以下「ろはにほへと」と続く。
ファンの間では常識だが、最前列がいちばんいいわけではない。演技を観るうえで、最も上席とされるのは「とちり」である。すなわち、前から7~9列目、それも舞台花道に近いところがよい。
こういう席が毎月取れるのだから、チケット代は安くはなかったけれど、ありがたかった。チケットは定価で買っていたが、幕間の弁当がついていたので、事実上は3000円くらい割引になっていたしね。
中村勘三郎(十八代目、故人)、市川海老蔵(現・團十郎)といった大看板の襲名披露興行に関しては「プラチナチケット」となるのだが、そこは「タニマチ」である。手に入らないことはなかったので、その点でも助かった。
時が流れて、弁当代が有料になった。歌舞伎座の弁当(高級幕の内)は、それほどうまくもないものだったので、タダならありがたくいただくが、おかねを払っても食べたいものではない。
本音を言えば、3000円の割引が3000円の割増になったようなものである。「弁当は要らないんですけど」と言ったのだけれど、「そういうわけにはいかないよ」とはねつけられた。
そのころから、座席もそれほどいいところじゃなくなってきて、その取材先が頭取候補でさえなければ、とっくの昔に見切りをつけていただろう。
そもそも、タニマチから「買っている」というのも怪しいものだとにらんでいた。タニマチはまとめて買って、世話になっている方々に無料でばらまくのが常である。その取材先が頭取候補でさえなければ、とっくの昔に文句をつけていただろう。
しかしながら、いい情報はふんだんに取れた。チケット代やら「呑ませ喰わせ」の経費(こちらは自腹を切ったわけではないが)の元は十二分に回収した。
今でも悔やまれるのは、そのメガバンクの不良債権に関わる極秘資料を入手し、独自特集を企画した時のことだ。
当時の頭取が烈火のごとく怒って、情報流出元の「犯人探し」を始めた。社内で聞き取り調査を受けた者が、筆者の知り合いだけでも何人もいた。
その結果、その取材先が「犯人」ということにされてしまったのである。こちらの世界で言うところの「誤爆」だ。
表向きは名指しもされなかったし、人事上の不利をこうむることもなかったが、その時の特集のせいで、頭取の目がなくなったのではないかと今でも気の毒に思う。こちらに出来ることは何ひとつなかったにしても。
特集から何ヶ月もたたない頃、とある料理屋で、その取材先と会食する機会があった。少し早く店に着いて、見るともなしにカウンターを見渡したら、当の頭取が座っているのである。
あの時は、驚いたし焦ったね。「誤爆」とはいえ、こちらと一緒に仲良く酒呑んでるところを見られた日には、何もかもぶち壊しだ。
すぐに取材先に連絡して、少し待つように伝えた。店主とは親しくさせていただいていたので事情を話して、普段は使われていない2階の大広間に席を移してもらった。
後で店主に聞いたら、頭取も筆者に気づいていて、「彼はどこに行ったの?よくこの店に来るの?」と尋ねていたそうである。「あんた、いったい何しましたんや?」と店主の方からも聞かれる羽目になった(苦笑)。
頭取人事が近くなってきた頃合いになって、「自分の預金口座が洗われるかもしれない。振り込み名義は実名を使わないでほしい」と釘を刺された。
というのも、いちいち現金でチケット代を渡すのは面倒だし美しくもないので、何度かまとめて振り込むことにしていたのである。
1回につき2枚、それが半年もまとまると20万円近い額になる。筆者の名義でそういう振り込みがちょいちょいあることがバレると、それは確かにまずいだろう。
おかねを扱う職業だからして、頭取に就任するにあたっては、不透明なおかねの受け渡しがないかをチェックされることは、ありそうな話ではある。
そういうわけで、「ミナミジュウジセイ」(仮名)とか「カシオペア」(仮名)とか適当な名義で振り込むことになったが、そっちのほうがむしろ怪しいんじゃないかとも思ったものだ(笑)。
そもそも、実名で振り込んでいた事実は、調べられればすぐ分かってしまうわけで、別銀行の口座を使うとか、あくまで現金取引にするとか、やり方はいくらでもあったはずである。人が良かったんだろうなぁ。
繰り返しになるが、頭取にはなれなかった。なれないと決まった時点で、いさぎよく銀行も辞めた。辞めたと同時に、こちらからの連絡にも梨のツブテとなり、没交渉のまま現在に至る。
映画『国宝』の話題が出ると、どうしたって脳裏に浮かぶ思い出である。

