『森の探偵―無人カメラがとらえた日本の自然』

人間へのクマ被害やクマの市街地への出没などが相次ぐなか、8年前に出版された『森の探偵―無人カメラがとらえた日本の自然』(今売られているのは新装版として2021年に出版されたもの)が再注目されている。

長年、伊那谷に住み、山に日々分け入って日本の野生動物の姿を無人カメラで捉えてきた写真家の宮崎学にキュレーター・映像作家の小原真史がインタビューをして生まれた一冊だ。

宮崎の言葉には、「餌となるどんぐりの不作でクマが人里への出没」などといったありきたりの解説や、ただただクマの恐怖を煽る報道と違って、大きな説得力がある。捨てられた生ゴミ、実が放置された果樹、捨てられた畑の野菜などは、宮崎の目からは、人間が野生動物を餌付けしているように見えるという。またかつては山と集落の間には、木々が伐採された禿山や畑などがあり、見つかる危険性から、なかなか近づけなかった。しかし今は放置されて鬱蒼とした森や草が生い茂るヤブが人間の生活環境と直結し、野生動物たちは、大量の餌がある人間の住処に容易に近づけるようになっているのだ。

ツキノワグマは昔から斃れた人の死肉を喰らい、また特に加齢臭のする老人を弱い個体として襲っていたという。ただそれは自分たちのテリトリーである山のなかでのこと。しかし今は、クマたちは安全を確保しながら人間社会に分け入ることができる。仮に人間社会の周縁部が彼らのテリトリーになってしまったとすれば、そこで人が襲われることがあってもおかしくはない。

本書はクマだけ書かれた本ではない。写真によって詳らかになる日本の野生動物の生態がまず面白く、それをつぶさにみてきた宮崎独自の考え方も非常に興味深い。

例えば、宮崎は、熊が木を爪で傷つけ、そこが雨で腐敗し、シロアリが穴を広げ、小さな樹洞ができ、鳥や小動物が利用することで、やがて、大きな樹洞となり熊が入るようになるーーすなわち、他の動物や自分の子孫のための家(巣)を熊が用意しているという説を唱える。

また、冬に全国の道に撒かれる凍結防止剤(塩化カルシウムなど)を舐めに来るシカたちの姿から、山に住む野生動物たちに不足しがちな塩分を人間たちがたっぷりと供給し、それが鹿の激増につながっているともいう。

いずれも現場からこそ生まれた、実に納得感とリアリティのある魅力的な考えだと思う。

今年は、クマのニュースをきっかけに人間と野生動物の関わりについて多くの人が思いを馳せたに違いない。この本は間違いなく、文明と野生についての思索を深めてくれる本である。

『森の探偵―無人カメラがとらえた日本の自然』宮崎学 小原真史 亜紀書房