第109回 三菱UFJ本店ビルの建て替え工事で思い出した、「都市銀行13行」時代の丸の内界隈の記憶
何ヶ月か前のことになるが、丸の内界隈を歩いていると、旧三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)の本店ビルが建て替え工事に入っていた。
3メガバンクの中では、みずほ銀行本店(旧富士銀行)、三井住友銀行本店(旧日本鋼管本社ビル)は、とっくの昔に新しいビルに生まれ変わっている。
旧富士銀行は面白くも何ともない建築だったが、旧住友銀行大手町本部ビルは昔の風情が残っていて重厚だったし、逆に村野藤吾の設計になる旧日本興業銀行(現・みずほ銀行)本店ビルは「軍艦ビル」とも呼ばれ、取り壊すのがもったいないような現代的な意匠だった。
コンクリートの塊のような旧三菱銀行にも、いかにも銀行らしい重々しい印象があって、個人的には好きな建築だった。
新本店ビルのイメージ写真を見たのだが、いわゆる昨今のどこにでもあるデザインのようで、どうにも惜しい限りである。
三菱銀行は旧東京銀行と合併して「東京三菱銀行」となり、さらに旧UFJ銀行(旧三和銀行と旧東海銀行の合併行)と経営統合して「三菱東京UFJ銀行」、そして「東京」の名前が抜けて現在の「三菱UFJ銀行」に至っている。
「旧」ばかりが続いて目障りではあるが、筆者が週刊誌記者になった頃は「都市銀行13行」の時代であり、これが現在はどうなっているのか書いておくだけでも参考になるだろう。
先ず、三菱UFJ銀行を因数分解すると、(旧東京銀行+旧三菱銀行)+(旧三和銀行+旧東海銀行)で4行。みずほ銀行が(旧第一勧業銀行+旧富士銀行+旧日本興業銀行)。興銀は都銀ではないので都合2行。三井住友銀行が(旧住友銀行)+(旧さくら銀行=旧三井銀行+旧太陽神戸銀行)で3行。3メガだけで9行を占める。
残り4行はどこか?
大手新聞の経済部長クラスでも、なかなかスラスラと出てくるものではない。ま、出てきても全く役には立たないのだけれど(笑)
「旧北海道拓殖銀行」は経営破綻して、現在の北洋銀行に営業譲渡された。「旧協和銀行」と「旧埼玉銀行」が合併して旧あさひ銀行となり、さらに「旧大和銀行」と経営統合して、現在のりそな銀行・埼玉りそな銀行となっている。
読んでる方も疲れるだろうが、書いてる方もたいがい疲れます。
都銀13行時代の丸の内界隈は、8階建ての旧丸の内ビル、旧新丸の内ビル(都立国立高校みたいな表記でわかりにくいね)を中心として、三菱地所が保有・管理しているオフィスビルが多いため、スカイラインが綺麗に揃っていた。
旧丸ビルには竹葉亭の出店があって、ここは鰻屋なのだが、鯛茶漬けがうまかった。お昼どきに丸の内界隈に取材に行く時には、昼めしはここと決めていたものである。竹葉の鯛茶は、現在でも銀座四丁目交差点近くの支店で食えるが、旧丸ビルとは味が違う気がする。
気がするだけで、単なるノスタルジアなんだろうけど。
現在の丸の内界隈は、かつてとは様変わりである。昔は無味乾燥なオフィス街でおよそ買い物やら外食とは無縁なエリアだった。
今は通り沿いにブランド店や気の利いたカフェ等が立ち並び、あちらこちらに有名作家の手になるモダンアートなども屋外展示され、歩いていて飽きることがない。
丸の内の「大家さん」である三菱地所の「空間戦略」は、したがって当たっているということになるのだろうけれど、再開発されて空に向かって伸び続ける高層ビル群を見ていると、個々の建築に関しては面白くなくなったなァ、という気がする。
気がするだけで、単なるノスタルジアなんだろうけど。
ノスタルジアというのは、つまり筆者本人が年をとったということでもあり、それを再認識させられるのが、また面白くない。
話は振り出しに戻るが、三菱UFJ銀行の本店建て替えを見て、真っ先に思い浮かんだのは東京銀行と三菱銀行の合併当時のエピソードだった。
一時に役員の数を減らすわけにはいかないので、合併すれば取締役の数は丸めて言えばほぼ2倍に跳ね上がる。
役員個室の部屋割りを新たに決めて、東京銀行、三菱銀行それぞれの取締役全員に意見・希望を聞いたそうな。
東京銀行はどうか知らないが、三菱銀行側の役員は全員が全員、部屋割りについて難色を示したりケチをつけたりしたのだという。
あちらを立てれば、こちらが立たず。
で、どうしたか。そっくりそのまま最初の案を持ち回ったら、何の文句も出なかったというから不思議というしかない(笑)
この時の担当者は、後には副頭取にまでなったが、さすが豪胆なものである。なかなかできることじゃない。
本来は、ビルの建て替えを見かけて、この副頭取の話を書こうと思っていたのである。都銀13行やら丸の内界隈の話なんぞはどうでもいいのだ。とんだ道草だ。
この副頭取には、まだまだ面白い話があるのだが、今回は残念ながら紙数が尽きた。あっと驚くエピソードは、いずれまたの機会にでも。

