『快適さの罠 私たちの祖先が経験した「不快さ」が人生を充実させる』

私が特に好む本のジャンルは、冒険家や探検家が書いたネイチャー・ノンフィクションと、最新の知見や驚くような科学的発見について教えてくれるポピュラーサイエンスである。前者には強烈な個の体験がある。後者には、論文や科学の裏付けがある。逆に言えば、前者はエビデンスや理論に関する記述はあまりなく、後者では個の体験は重視されない。

しかし、本書『快適さの罠』は、体験と科学的知見の両方がしっかりとある、稀有な本なのだ。

本書の主張は、簡単に言えば以下のようになる。人類は空腹、寒さ、退屈、孤独、重い荷を運ぶ労働の中で進化したが、現代の都市生活はそのすべてを取り除いた。室温は一年中快適に保たれ、食べ物は常にあり、退屈すればスマートフォンがある。快適さは手に入れた瞬間に当たり前になり、その結果、体は弱り、心は不安を抱えやすくなった。だから不快さを意図的に取り戻そう――

章はテーマごとに立てられ、退屈、自然、静寂、空腹、死、運搬と続く。それぞれに研究者への取材と研究の紹介があるが、それらは主役ではない。著者の北極圏での5週間のカリブー猟の強烈な体験こそが、本書の根幹をなしている。

小型機でハンターたちとともにツンドラに降ろされ、迎えが来るまで自力で暮らす。初日の夜、時速110キロを超える風でテントが倒れかけ、3人で支柱を押さえたまま朝を待つ。食料は1日およそ2000キロカロリーで、約6000キロカロリーが消費される。毎日4000キロカロリーのマイナスだ。著者は残りのエナジーバーを何度も数え直し空腹に耐える。凍ったブーツを履くのに10分かかり、丘の上でただただ10時間待ち続け、退屈をしのぐ読み物は包み紙に印字された文字とザックのタグだけだ。

そして著者は、老いた雄のカリブーを撃つ。もともと撃つつもりはなかった。観察して記録するジャーナリストでいるはずだった。引き金を引いたあと、倒れた雄のそばに座り、頭に手を置く。「私はもはや、単なる旅人ではなくなった。この場所の一部となったのだ」。解体に加わりながら、こう気づく。「私は毎日のように肉を食べることで、死んだ動物と関わっているのだ。しかも自分の糧としてその肉を利用しながら、これまでに涙を流したことも、深い感情を覚えたこともなかった」。翌日、彼は重い肉を背負ってキャンプに戻る。息をするだけで精一杯だったという。

「空腹」について、マイナス4000キロカロリーの飢えを体験した人が書く。退屈をひたすら避ける現代人とスマホの統計的研究に、なにもない空間で、10時間何もしなかった人の視点が加わる。荷を運ぶことと人類の進化についての筆致には、約45キロのカリブーの肉を背負い、8キロ歩いた人の実感がこもり、死に関するブータンの僧侶への取材には、自分の手で一頭の命を奪った手触りが加わるのだ。

実は著者は若い頃に酒に溺れ、泥酔して逮捕されたこともあったという。28歳で酒をやめ、頭痛や震えといった離脱症状に何日も耐えた。この経験と北極圏でのカリブー猟は、著者の中でつながっている。雪とみぞれが続き、寒さで空腹が増したある朝、著者は断酒を支えてきた言葉を思い出す。「受け入れることこそ、今日のすべての問題への答えだ」。風にも寒さにも飢えにも抗うのをやめると、驚くほど前向きな自分がいた。夕方、キャンプへ戻る道で感じたのは「食べ物だけではない。生そのものへの渇き」だったという。不快さを受け入れると世界が開ける。その主張は、さまざまな研究や取材と強烈な個の体験の両方が裏付けているのだ。

『快適さの罠 私たちの祖先が経験した「不快さ」が人生を充実させる』マイケル・イースター著/須川綾子訳