『食の未来のためのフィールド・ノート』<上・下> ダン・バーバー著 小坂恵理訳 NTT出版

原著のタイトルは『第三の皿』。

「第一の皿」はレストランで供されるごく一般的なメインディッシュこと、「第二の皿」はオーガニックな野菜や肉、汚染されていない新鮮な魚などで作
られた料理を指すのに対し、「第三の皿」とは、自然への負荷を考慮し、環境の持続可能性を担保するような素材で構成された料理のことを指す。

本書は、素材に徹底してこだわることで有名な、ニューヨークの三つ星レストラン「ブルーヒル」のシェフが、十年にわたって「第三の皿」にふさわしい素
材を追い求めた軌跡を自ら綴った本である。

例えば、彼は「天然のフォアグラ」を生み出す農場を訪ねる。
フォアグラはガチョウや鴨の口に金属棒を突っ込んで無理やり餌を流し込み、肝臓を肥大化させて作られ、その残酷さが近年問題になっている。

しかしこの農場では、冬が近づくとガチョウが自発的にどんぐりを大量に食べ、自ら肝臓を肥大化させてゆくという。
その味は「信じられないほどおいしい」そうだ。

「餌なんてやんないよ」と農場主のエドゥアルドは言う。この農場では、自由でストレスのない自然豊かな環境のなか、ガチョウたちが「地面から好きなものを取って食べ」、結果、肝臓を大きくさせていくのだ。

面白いのは、エドゥアルドが「ガチョウの卵の半分はワシに食べられる」と事もなげに語ること。

追い払うでもなく、「だからガチョウがたくさんの卵を生むように、自然界では配慮されているのさ」と平然としている。

天然魚と遜色ないほど美味で、かつ環境負荷が非常に少ない魚の養殖場を作り上げたミゲルの姿勢も似たようなものだ。

ミゲルは自慢気に、養殖場に降り立ったフラミンゴの大群を著者に見せる。
育てている魚の稚魚と卵の二十パーセントが食べられてしまうにもかかわらずだ。

彼らは何より、自分たちの飼育法が自然の多様性の一部となっていることこそが、嬉しいのである。

尚、この養殖場が登場する第Ⅲ部は、植物プランクトンを料理に使う個性的な名シェフやマグロ伝統漁の頑固な漁師たち、自然保護を強硬に訴える活動家などが入り乱れての大活劇のよう。本書の白眉とも言える面白さだ。
食に関する本としては、近年で最大の収穫だ。

ただし、著者が作り上げる「第三の皿」を胃袋に収めるのは、欧米の小数の富裕層や知的インテリ層の食通たち。
低所得者層や貧困層は、質の悪い脂肪と糖質でできたジャンクフードを常食し続けるだろう。

果たしてそれが持続可能な人類の未来なのか。
読了後、ふと考え込んでしまった。

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