ついに名著が文庫化した。『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』という魅力的な題名に、著名生命科学者たちの楽しげなイラスト。書店に平積みしてあれば、思わず手にとってしまう表紙カバーで、実際売れているらしい。最近は鷲田清一の朝日新聞の連載「折々のことば」にこの本のなかから「人間を測定するための度量衡から『器量』という尺度がなくなってしまったのかも」という一文が紹介されるなど、話題の本となっている。

単行本時の題名は『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』。著名な科学者のさまざまな伝記を紹介した「本を紹介する本」という、少し珍しいタイプの本だ。同時に伝記を史料として引用しつつ、その生命科学者自身について、大阪大学大学院の生命科学系の教授でもある著者仲野徹が、専門家としての知見で鋭く評してもいる。

「折々のことば」にその一文が取り上げられるような批評性も備えつつ、同時に語り口が非常にまろやかで、かつとびきり面白い。著者仲野徹は、「主婦の店ダイエー」と同じ年に同じ町(大阪市旭区千林)に生まれた生粋の大阪人なので、「面白い」という言葉より、「おもろい」という言葉のほうがぴったりくるかもしれない。読んでいるとそれぞれの生命科学者の人生を面白く語った講談を聞いているような気分になり、紹介された本を思わず買いたくなる(本書の単行本が書評サイトHONZに紹介された際にはこの本に紹介された絶版本が軒並み売り切れになり、高値が付くという現象も起きた)。

紹介されている生命科学者は日本人におなじみのところだと、野口英世、北里柴三郎、そして森林太郎(森鴎外)など。野口英世は、何より選ばれた伝記が絶妙。野口を直接知る人へのインタビューを行い、一次資料をふんだんに調べたというイザベル・R・プレセットによるもので、中井久夫が翻訳陣に加わっている。その選書センスで、すでに著者が信頼できる人とわかる。

野口といえば少年少女向け伝記で褒め称えられ、渡辺淳一の『遠き落日』のような大人向けの一般書では貶されまくるイメージがあるが、仲野は、野口による、当時精神疾患とされてきた「進行性麻痺の患者神経病巣における梅毒菌の発見」を、「精神疾患にも器質的な原因が存在することを明らかにした最初の例」として「医学史に特筆されるもの」と書く。このような専門家の視点がますます本書を面白いものに、そして説得力のあるものにしているのだ。

他に取り上げらているのは、はちゃめちゃな「解剖人生」を生きたジョン・ハンター、人間ドラマとして極めて興味深いロザリンド・フランクリン、さらにルルドの泉の奇跡を見てしまったがために科学と宗教の間で悩み、ヴィシー政権のフランス人民党に入党するなど、思想面で批判も受けたアレキシス・カレルなど、人選も素晴らしい。

読んでいるうちにこんなふうに生きられたら、と思うようなお気に入りの研究者が見つかるかもしれない。例えばリタ・レーヴィ=モンタルチーニ。まさに「美しい」自伝である『美しき未完成』を、すぐにでも読みたくなるのでないだろうか。翻訳は『腸は考える』の藤田恒夫である。

実は、この文庫版には、特別書き下ろし「『超二流』研究者の自叙伝」がついている。これだけのために文庫本を買っても十分もとが取れるだろう。

 

『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』(河出書房新社/1350円)