『人間には12の感覚がある』
渡り鳥たちが量子もつれで磁場を見るー15年ほど前にその説を知ったとき、衝撃を受けるとともに、とても「美しい」と感じた。鳥の網膜にあるクリプトクロム(光受容タンパク質)が光に反応し、遊離基のペアがスピン相関を持つ状態になり、それが地球の磁場に影響を受ける。そして磁場の方向の変化に脳が反応する。それゆえ鳥は量子もつれを利用した「磁覚」がある可能性が示唆されるのだ。
実は人間の網膜にもクリプトクロムがあり、人間も同様に磁場を感知できてもおかしくはない。さらに2019年には人間の脳波(α波)が磁場の方向変化に反応していることも示されている。
『人間には12の感覚がある』では、このような鳥の「磁覚」をはじめ、さまざまな生物の驚異的な感覚を取り上げながら、5感すなわち、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚という単純な分類を超えた、豊かな感覚世界を示していく。各章で登場する動物は、いずれも人間の想像力を軽々と飛び越える。たとえばモンハナジャコは人間の三原色の視覚とは比べものにならない複雑な色覚を持ち、紫外線や偏光までを感知する。ホシハナモグラは鼻先の器官で触覚をまるで視覚のように扱い、ゴミクモは自らの体内時計によって時間を測る。あまりに豊かな感覚を知るほどに、人間の脳が主に「5感」しか感じないのは、人間を世界から「遮断」して、安心させるためではないか、と感じてしまうほどだ。
もちろん、本書に含まれるテーマのいくつかは仮説にすぎず、学界においても議論が続いている。しかし著者の狙いは、「最終的な真理」を提供することではない。むしろ科学の現在地を示しつつ、広く豊かな感覚の世界を読者に体感させることにあるのである。
『人間には12の感覚がある』ジャッキー・ヒギンズ著 夏目大訳 文藝春秋