『じんかん』

松永久秀を描いた歴史小説『じんかん』は、500ページを超える分厚さだが、気持ち良いぐらい、どんどん読み進めることができる。まさ年末年始の読書にぴったりの作品である。

松永久秀ーー松永弾正と言ったほうが、わかる人は多いかもしれないーーは、戦国の梟雄・悪人と言われる武将で、仕えた主人を殺し、息子を使って足利将軍を暗殺し、東大寺の大仏殿を焼いたという「三悪」を行ったとして知られるが、本作品では、民を想い、争いのない世界を目指し、正義を貫こうとした人として描かれる。しかし、その意外な人物造形が非常に説得力を持って読み手に響くのだ。

三好家の家臣として頭角を表す以前の史料はほとんどないため、久秀の幼少期から青年期にかけての叙述は著者の想像によるものだが、まずその時期の物語が実に活き活きとしている。九兵衛(久秀の幼少期の名)は、親をなくしたり、主人に虐げられたりした子どもたちが集まる盗賊の仲間になり、ともになんとか生き延びようとする。活劇としても面白く、一人ひとりのキャラクターも際立っている。そのうえ、幼少期の体験が、史料が多くある、30歳代以降の久秀の行動の背後にある価値観や思いを形作っていくので、久秀の行動や人物像に説得力が生まれ、それが物語全体を、しっかり貫いていく。

実は『じんかん』は、少年マガジンで連載中の「カンギバンカ」の原作でもある。幼い九兵衛たちの活躍ぶりはマンガでも読むことができるが、こちらも読んでいてわくわくする。

そして、後半。主人の殺害や、将軍暗殺、東大寺焼き討ち、そして信長への2度の謀反についても、「真相」が語られていくのだが、前半で久秀の思想がしっかり描かれているため、その背後にある久秀の「正義」をひりひりと感じることができるのだ。

『じんかん』を漢字書けば「人間」。にんげん、つまり「人」という意味ではなく、人の間、人が生きる「世の中」のことだ。久秀が目指した「理想の世の中」に思いを馳せ、振り返って現代社会を見れば、人の世の儚さ、変わらなさを痛感するかもしれない。人は、そして社会は、信じるに値するのかーー。本書は、そんな問いを突きつけてくる。

『じんかん』今村翔吾著(講談社/1900円 税別)