『戦場のコックたち』そして前作の『ベルリンは晴れているか』という本格歴史ミステリで高い評価を得た作家の深緑野分。『この本を盗むものは』は彼女の最新作だ。

前作と雰囲気は大きく変わり、遊び心にあふれ、読書好き、小説好きにはたまらないネタがいくつも仕掛けられた魅惑的な作品である。

そもそも作品の舞台が、読長町という「本の町」なのだ。新刊書店はもちろん専門書店や古書店などが集まっており、本好きや蒐集家が町外からやってくる。本の神を祀る神社もあり、観光スポットにもなっている。

この読長町を「本の町」たらしめているのは、御倉館の存在だ。町の名士だった御倉嘉市の膨大なコレクションを収めた地下2階、地上2階の巨大な書庫で、かつては「読長町に住む者は皆一度は入ったことがある」と言われていたほど人々に親しまれた町の名所だった。

嘉市のコレクションは、やはり優れた蒐集家であったその娘のたまきの時代にさらに充実したものになったが、やがて、一度に200冊の稀覯本を盗まれたのをきっかけに閉鎖されてしまう。

そしてその際に奇妙な噂が流れた。盗難に激昂したたまきは、読長町と縁の深い狐神に頼んで書物の一つ一つに奇妙な魔術をかけ、本を盗んだものに呪いがかかるようにした、というのだ。

そして物語は、嘉市やたまきから少し後の時代から始まる。主人公は、たまきの孫のまだ高校1年生の深冬である。深冬は本が大嫌いだ。閉鎖されたとはいえ、御倉館の保持は家計を圧迫していたし、本を盗まれないことに異様な執着を燃やした祖母のたまきは恐ろしいばかりで、いい思い出はない。お母さんも早死してしまった。「すべては本のせい」と考えており、嫌いというより、本を憎んでいると言ったほうが良いかもしれない。

その深冬が、御倉館から本を盗んだ犯人を探して捕まえるーーこれが本書のメインの物語なのだが、ミステリーと言うより、むしろファンタジーとして小説は展開していく。そう。御倉館の書物に魔術がかけられ、盗んだ者が呪われるという噂は本当だったのだ。ただ呪われるのは盗んだ者だけではない。町全体が魔術の力で一変してしまい、そのなかで深冬と、その相棒で犬の耳が生えた少女真白が冒険を繰り広げるのである。

最初の呪いのお札には「魔術的現実主義の旗に追われる」と書かれていた。すると、読長町は、ガルシア・マルケスばりのマジックリアリズムの世界に一変し、深冬たちはその異様な世界に翻弄される。

犯人を捕まえ、本を取り戻せば町はもとに戻るのだが、盗難は次々に起こり、そのたびに呪いが発動する。

次なる呪いは「固ゆで玉子に閉じ込められる」。「固ゆで玉子」が何を指すかわかれば、町がどんな世界に変わるか、想像ができるだろう。そこは禁酒法ならぬ「禁本法」が施行された世界で、違法な本をめぐるハードな闘いに深冬達は巻き込まれていく。

そして続く呪いは「幻想と蒸気の靄に包まれる」。詳細は書かないが、私はこのジャンルが好きなので、すぐにピンときて、思わずガッツポーズをしてしまったほどだ。

そんなふうに、読長町は、さまざまな小説ジャンルのパロディのような世界へと変わり、深冬はその幻想的な世界の中で本を盗んだ犯人を探し出すとともに、やがて、祖母たまきが読長町にかけた魔術の本質にも迫っていくのである。

本への愛。と同時に、自分を虜にしてしまう本の魔力への憎悪。多くの本好きが心のどこかに抱いている複雑な感情が本書からひしひしと伝わってくる。

「ああ、読まなけばよかった! これだから本は嫌いなのに!」

不思議な物語世界を堪能しつつも、帯に書かれたこの言葉に思わず共感してしまうのだ。

『この本を盗むものは』深緑野分著(角川書店/1500円+税)