『短編宇宙』

集英社文庫の『短編宇宙』は宇宙をテーマにした短編アンソロジーだ。集英社文庫では、定期的に『短編○○』という、編集部がセレクトした短編集を出していて、『短編工場』『短編学校』『短編少女』『短編少年』等がある。良作も多く、例えば『短編少年』に収められた伊坂幸太郎の短編「逆ソクラテス」は他の書き下ろし短編などとともに昨年同名の単行本として出版され、本屋大賞の候補にもなったりしている。

そんな短編シリーズの新作が『短編宇宙』なのだが、今回、収録されている作家の名前を「おや?」と思い、すぐに購入を決めた。

これまでとは傾向がずいぶん違う。例えば『短編工場』に作品を寄せているのは、桜木紫乃、道尾秀介、奥田英朗、桜庭一樹、伊坂幸太郎、宮部みゆき、石田衣良、乙一、浅田次郎、荻原浩、熊谷達也、村山由佳と、超人気作家や直木賞等の大きな賞を受賞した作家が目白押し。他の既作も同様だ。

しかし、『短編宇宙』に掲載されているのは、加納朋子、寺地はるな、深緑野分、西島伝法、雪舟えま、宮澤伊織、川端裕人。『短編工場』など他のシリーズに比べると、知名度は落ちるし、読んだことのない作家もいた。

ところが、内容は充実している。加納朋子さんの『南の十字に会いにゆく』は、父と小学6年生の娘の二人だけの沖縄は石垣島への旅行を娘の視点で描く。複雑な家庭環境が垣間見えつつ、同じ飛行機に乗った人たちも交えた珍道中のなか、幸せな空気に満たされる作品だ。先月も紹介した深緑野分の『空へのぼる』は、地上に突然穴が空き、土が天に昇っていく「土塊昇天現象」をテーマにした架空の科学史を論文調に書いた特異な作品。相変わらず端正な文体で、大真面目に珍妙な現象を論じつつ、行間からユーモアが立ち上がる。

雪舟えまは、まさざまに設定を替えつつ「緑と盾」という二人の男の子が登場するボーイズラブ風の作品を書き続けている作家で、今回も緑と盾が登場し、切ない恋物語が進行する。歌人でもある著者が紡ぐ言葉はとても豊穣でかつ繊細だ。

「宇宙」がテーマだけあって、SF作家の酉島伝法と宮澤伊織の作品も。例えば雪舟えまや、後述する寺地はるなのファンなど、ふだんSFに興味を持たない読者が、二人の作品に触られられるのが、こういった短編集のいいところだろう。

最後は、新型コロナウイルスが広がる世界で、原始星を観測する天文学者と、休校中で家にいる小学生の娘を描いた「ちいさな家と生き物の木」。良質な科学ノンフィクションも多数書いている川端裕人は、宇宙をテーマにした作品集の締めに相応しいといえる。

いずれも面白かったが、もっともぐっと来たのは、寺地はるなの「惑星マスコ」だ。周囲とうまくやれなかった森下万寿子。幼い頃は「自分は他の星から来た異星人で、地球の調査に来ている。だから周りとうまく理解し合えない」と思い込むことで、人間関係をやり過ごしてきた。その彼女が、30歳を期にプロポーズしてきた恋人と別れ、仕事もやめて、田舎に住む姉のもとに身を寄せる。そこで、きららという孤独な少女、そして60歳前に仕事をやめて田舎に戻って一人暮らしをしている「ヨガおじさん」こと多田純と出会うお話だ。

三人は、周囲から浮いているのだが、だからといって3人が理解し合えるわけでもない。それぞれが違う星から来た孤独な異星人のようで、互いに分かり合えないからこそ、三人の間には優しく、おだやかな空気が流れるのである。

実は本書を思わず買ってしまったのは、何より読んだことのない作家の作品が多かったからだ。「まだ知らない作家の面白い作品に出会うための本」という意味でも、この短編集は素晴らしい。「本の宇宙」は果てしなく広がっているのだ。

『短編宇宙』集英社文庫編集部編(集英社/680円+税)