『万物の黎明』

翻訳作品で今年最大の話題作といったらこれだろう。『負債論』、『ブルシット・ジョブ』のデヴィッド・グレーバーの遺作となった(2020年8月6日に書き終え、9月2日に亡くなったそうだ)『万物の黎明』だ。しかし、ここで紹介するにはちょっと躊躇する。2段組で640ページ超のボリュームで、内容も多岐にわたって、決してわかりやすいとは言えない。値段も5500円もする。そのうえ、私自身、読んで全体像を理解したとも思わないからだ。

とはいえ、大量の歴史的な「証拠」によって常識が次々に覆されていくのは、読んでいて知的興奮を抑えることができないほどだ。本書を読むと、ベストセラーとなった『サピエンス全史』のような、非常にわかりやすい「ビッグヒストリー」に疑義が生じるだけでなく、これまでの歴史観、例えば、狩猟採集時代があって定住による農耕社会が生まれ、格差社会が生じた、とか、近代になって人権意識が高まって奴隷制度が放棄された、とか、そんな直線的な発展や「歴史の法則」なんてあるわけないよな、と腹落ちするのだ。

人々は自身のコミュニティから自由に移動して新しい社会を作る。身分制度は何度も放棄され、男女の地位も平等な社会もあった。明確な制度のない1万人規模の都市が成立していたりもする。資本と労働、宗教、法律などの視点だけでは語り得ない、多様な視点で歴史を動的に眺めることになるのだ。何より、わくわくするのは、人類は昔から、自由に小集団を作って自在に移動して生きてきた、ということだ。

全部を最初から最後まで読もうとすると、ちょっと躊躇してしまう作品だが、パラパラとページをめくって気になった単語やトピックに出会ったらそこを中心に読む、というのも面白い。本の厚さや値段に躊躇せずに、ぜひ読んでみてほしい。

『万物の黎明』デヴィッド・クレーバー/デヴィッド・ウェングロウ 酒井隆史訳 光文社