第16回 海外取材の極意は「徒手空拳」にあり

週刊誌の記者時代、それほど頻繁にあるわけではないけれど、年1~2回程度は「海外出張」というものがあった。

いろんな国の経済・産業情勢を紹介する特集を組むためであり、欧米はもちろんのこと中国、韓国、ロシア、インド、イスラム圏にまで飛んでいったものだ。

今回は、週刊誌記者的な海外出張の要諦について書こうと思う。

日程は、短ければ3~4日。長くても1~2週間といったところで、時間がふんだんにあるわけではない。時間的制約の下で、現地政府・企業を効率的に取材しなければならないから、てんやわんやである。

かくして、現地における取材のアポイントメントについては、予め日本にいるうちに依頼しておくことになる。

ほとんどの同僚記者のスケジュール帳は、まだ出張にも行かないうちから予定で真っ黒になっていただろう。

ところがぎっちょん、筆者の場合は真逆だった。現地に行かないうちは、アポイントメントはほとんど入れない。

これは恐怖ですよ。一歩間違えば、取材がまったく入らないという事態がありえないわけではないからだ。

正確に言えば、1件だけ取材を入れておく。現地において強固な人脈がありそうな日本人を見つけて、無理を言って週末のディナーの約束をちょうだいする。

週末に現地に飛び、とりあえず彼もしくは彼女と酒を呑む。それが、海外取材の第一歩だ。この時点では、スケジュール帳は真っ白である。

酒を呑みながら何を話すか。雑談を交えながら、現地において「誰に」「何を」訊くべきかの情報を収集するのである。4~5人のキーパーソンの名前が必ず出てくる。ついでに、連絡先も教えてもらう。

翌朝、教わった方々に必死こいて電話をかける。無理を承知で休日ディナーをお願いするのは、週明けにヨーイドン!で時間を無駄にしないための段取りだ。

メールが普及する以前は、とにかく電話しかなかった。これがいまだに忘れられない思い出になっている。

というのも、こちとら英語はまるで出来ない。半端じゃなくできない。

その昔、英検2級の面接を受けに行って、「今日は2級の試験を受けに来たんですか?」と最初に面接官に尋ねられ、何を言われているのかもわからずに「ノー!」とヤマをかけたくらいの音痴なのである(もちろん、結果は不合格だった)。

そんな日本人から電話がかかってきたキーパーソンもさぞ驚いたことだろう。こちらは会ってもらえなければ仕事にならないから、石にかじりつくようにして口説く。

「いつが都合いいんですか?」と訊かれれば、「今すぐでも行きます」と返す。こういう気合いは、日本では通用しないが、なぜか海外ではハマるのだなぁ。

「日本から来たの?!。そうか、じゃ午後にでも来いよ」。相当な地位にあって、日本から取材を申し込んでも、なかなか時間が取れないキーパーソンが会ってくれるのだ。

もちろん、これには紹介者である日本人(休日ディナーのお相手です)の存在も与る。「◯◯さんからお名前をうかがったのですけれど」のひと言の効力は絶大だ。

こうして、最初の1~2日のスケジュールが埋まっていく。4~5人にお会いして、現地の情勢を取材し、さらに何人かのキーパーソンを紹介してもらう。

すると、まるで円の中心にあるドミノを倒すと、放射状に次々にドミノが倒れていくように、人脈が広がっていく。

現地滞在3日目くらいには、取材相手を選り好みしなければならないほど、スケジュールは満杯になる寸法だ。

今でも思い出深いのは、1993年のシリコンバレーと2005年のバンガロール(インド)の取材である。

「円の中心のドミノ」は、シリコンバレーでは日本人のベンチャー・キャピタリスト、バンガロールでは日本料理レストランの日本人マダムであった。

マダムはバンガロールで影響力を有していた経済人の未亡人で、現地における人脈が驚くほど広く深い。加えて、日本料理レストランを営んでいるので、日本人の駐在員も頻繁に出入りしている。意外な情報の結節点なのである。

こういう「結節点」をどうやって見つけるか。それこそが、日本で準備しなければならない唯一のことと言っても過言ではないだろう。

「円の中心のドミノ」を決め打ちするために、知り合いに聞いて回る。これが、海外出張の要諦その1である。

すでに記したように、要諦その2は「気合い」である。はるばる日本から来た、あなたに会えなければ帰れない、ぜひ時間をいただきたい。と拙い英語で相手を説得するのは「気合い」以外にはない。

「円の中心のドミノ」が正しい位置にあって、さらに「気合い」が加われば、先述したように無数のドミノが勝手に倒れていくものなのだ。

こういう段取りで取材を進めていく前提では、日本からアポイントメントを入れておくと、かえって邪魔になる。スケジュールが固定化されてしまい、新しい取材を入れる余地などはほとんどないからだ。

蛇足を連ねれば、(筆者にとっての)要諦その3は「通訳」である。英語の読み書きなどは人並み以下にはできるが、話す聞くは犬猫ほどもできない。

面談の約束を取り付けるまでは、英語が使えるのは万国共通である。しかし、いざ取材となると現地の言葉のほうがスムースに運ぶので、通訳は極めて重要なのである。

したがって、場合によっては、プロではないひとに通訳をお願いすることもある。

バンガロールでは、大阪駐在の経験があるビジネスマン夫人のオバチャンに通訳してもらった。日本料理レストランのマダムの紹介である。

このオバチャンは楽しかったな。大阪在住だったから、インド人なのに日本語が大阪弁なのである。「どつくで、ほんま」とか言われて最初はびっくりした(笑)。

現地滞在中はほとんど丸1日を通訳と共に過ごすことになるので、気が合う合わないで生産性に大きな差が出てくる。雑談から得られる現地情勢、風俗は存外貴重なもので、通訳選びは他人任せにはできない。

と、まあ、以上が何十回に及ぶ海外取材から得られた私的要諦である。

えらそうなことを言っているが、要するに生来のナマグサなのですね。日常の締切に追われているのに、事前準備などやっていられない。となると、こうでもしないと切り抜けられなかった。というだけのことなんだろう、きっと。

しかし、現地のナマの情報をすくいとるためには、このアプローチが極めて有効だったことも併せて強調しておきたい。

蛇足の蛇足。

シリコンバレーで最初に会った日本人ベンチャー・キャピタリストには、帰国の間際にもお目にかかって御礼を申し上げた。

初対面で食卓を囲んだ時、「まだ1件もアポが入っていないんですよ」と言ったら目を丸くしていたが、最後に「おかげさまで無事に取材を終えることができました」と報告すると二度驚いていた。

 

「あなたの場合、結局なんとかなっちゃう。っていうことが最大の問題なのかもしれませんね」