第17回 「インタビュー」という仕事

新聞・雑誌、あるいは月刊・週刊を問わず、記者として必須の仕事として「インタビュー」が挙げられる。

取材対象との質問・回答のやり取りで、1本の記事をこしらえるものだが、これが簡単なように見えて、なかなか奥行きが深い。

よって、このメルマガ程度の分量では、とうてい解説しきれぬ仕事ではあるのだが、それをなんとかやってみようというのが、今月のお題である。

大まかに言って、インタビュー記事は、話を聞くこと、それを記事にまとめることという2つのパートに分けられる。

話を聞くことに関しては、想定されるやり取りを予めシミュレーションして質問事項をきちっと組み立て、記者会見の代表質問のような段取りで進めていくやり方がオーソドックスだろう。一問一答方式である。

これに対して、質問に対して返ってきた回答の内容を拾いながら、話をどんどん膨らませていく手法もある。

この場合は、聴き手はあまり口を挟まないほうがいい。取材対象の話したいように話させて、要所だけに合いの手を入れることでインタビューセッションを仕切る。

30分くらいしか時間がないときは一問一答方式が効率的だが、1時間以上あれば後者のほうが確実に面白い・興味深いエピソードを引き出せる。

考えてみなくてもわかることだが、予め想定された質問には、想定外の回答はなかなか返ってこないものだ。質問・回答という流れではなく、「会話」を楽しむようにして話を引き出すのが要諦である。

聴き手の相槌、反応も重要だ。前のめりになって、いかにも興味深そうな態度を強調すれば、取材対象の「ノリ」も違ってくる。しかめっ面で、ぶっきら棒に聴いていては、弾む話も弾まない。

こうして聞いた話を1本のインタビュー記事にまとめるわけだが、記事の出来栄えはインタビュー自体の巧拙よりも、むしろ「まとめる技術」に大きく左右される。

感覚的には、インタビューを3とすれば、まとめるのが7くらいの割合で重要だ。

なんとなれば、インタビューそのものは、記者の仕事を3年もやっていれば、それなりの技術は身につくもので、とてつもない上手・下手というのは少ない。

もちろん、インタビュー上手は、凡人には聞き出せないような話を巧みに引き出せるのだが、総じて言えばインタビューで得られる情報量は聴き手によってそれほど大きく変わるわけではないのである。

加えて、インタビュー内容がそのまま記事になるような取材対象は、おそらく千人に1人いるかどうかだ。

どんなに話術が巧みでも、取材ノートを読み直してみると、そのままでは記事にはならないものである。話し言葉と書き言葉の構造の違いですね。

したがって、インタビューそのものより、まとめる技術のほうが「モノを言う」。

記事にするにあたっては、たとえば速報性が求められるもの以外は、一問一答方式ではつまらない。「独白調」のほうが断然面白いものになる。

しかし、話し言葉と書き言葉の違いが前提としてある以上、質問を1つも挟まずに最初から最後まで独白調で通すのは極めて難しい。だからこそ、書き手には工夫が必要になり、読み手には楽しい記事になる。

一問一答方式のインタビュー記事には工夫が要らない。記事として欲しい部分だけを抜き出し、それに対応するような質問をつけていくだけでいいからだ。

意外なように思えるかもしれないが、あれは回答を先に書いて、それにぴったりくる質問を後で加えるのである。なので、簡単である。

独白調のほうは、インタビュー記事の中で起承転結を構成し、それを質問抜きでつなげていかなければならない。

独白インタビューのなかにも、質問が2つ3つ挟まっているような記事があるが、あれは書き手が楽をしているのである。

話の方向性を変える必要があって質問を挟むわけで、それなしで1本の記事を仕上げることこそが真の構成力だ。

ついでに言えば、インタビュー記事については、取材対象が実際に使った言葉、会話を忠実に再現する必要はないと考えている。

重要なのは「文脈」だ。その文脈をより効果的に表現するための言葉、表現を吟味し、あえて会話の中身すら変えてしまう。

これも独白調だからこそ為し得るワザで、取材対象からクレームがついたことは一度もない。

「そうだな、確かにこんなことを言ったよな」と錯覚させるような言葉を選び抜いているためであり、そちらのほうが取材対象が強調したいことを、より的確に言い表わしているためだ。

かつて、某大企業の社長にインタビューした時、珍しく一問一答方式で記事をつくったことがあった。

こちらの意図を明確に打ち出すために、記事では会話の流れを完全に破壊し、再構築したのである。こういうときは一問一答方式のほうが便利だ。独白調で書くと「本物のつくりもの」(変な言い方だが)になってしまう。

後日、記事を読んだ社長が苦笑いして、周囲に打ち明けたそうな。

「やり取りに嘘はない。この通りのことを俺は訊かれたし、この通りのことを答えた。でも、まんまとハメられたな」

記者にとって、こんなにうれしい褒め言葉はないのである。

インタビュー記事というものは、取材対象の話を聞いてまとめるという単純なものでは決してない。これ自体が1本のオリジナルな記事であるべきものだ。

正直言って、インタビュー記事を「まとめる」のは今でもしんどい。インタビュー自体はとても楽しいので、話は聞くけれど、書くのは誰かに任せたい。というのが本音である。

もちろん、そんな美味しい仕事が転がっているわけはないので、毎度のようにパソコンの前で苦悶させられる。

インタビューはせいぜい1~2時間なのに、記事構成をバチッと決めるまでに半日かかることさえある。それで、2~3時間もあれば書き上がるのだから、話を聞く・書くよりも「まとめる」ことこそがキモなのだ。

なんだか真面目な話になってしまった。次回は、また脱線しよう。