今月のお題は「熱狂のインドへ(その3)」となるはずだったが、ちょっと他に書きたいことが浮かんできた。

そういうわけで、インド放浪記は来月に再開することとして、「忘れがたい人々」の思い出を紹介してみたいと思う。

「忘れがたい人々」となると、筆者にとっていの一番に思い浮かぶのは、信越化学工業の金川千尋さんである。

記憶にないほど昔の話で、しかもお会いしたのは一度きりしかない。当時は社長だったが、調べてみると今でも「代表取締役会長」である。

1926年生まれというから、当年取って93歳というご高齢だ。それで、一流企業の代表取締役会長なのだから、怪物ぶりが想像できるというものだろう。いまだに経営の実権を握っているんでしょうな。

この金川さん、信越化学の「天皇」として長く君臨してきた。

信越化学は、半導体の材料となるシリコンウエハーで稼いでいる。シリコンウエハーは装置産業なので巨額の設備投資が必要となる。半導体の需要動向を読み間違えると、大損をひっかぶることになるから、毎日が相場相手の真剣勝負だ。

で、金川さんはこの相場を外したことがなかった。需要の大底で設備投資に打って出る、てっぺんで引く。普通は真逆で、てっぺんで勝負に出て、大底で損する。ということになる。このあたりは株式投資と似ていて、相場感がなければ戦えない。

金川さんの相場感は神がかっていて、実際に「神様」と呼ばれたりもしていた。

その神様が名刺交換と同時に言ったひと言がずっと忘れられない。

「どうぞ、上着は脱いでください。着ていることは分かりましたから」

夏の暑い盛りだったが、唖然としましたね。「着ていることは分かりましたから」って(笑)。初対面で、最初のひと言がこれである。毒気を抜かれるというか、記者との間合いの取り方ひとつで達人と思わされたものだ。

初対面の印象が金川さんほど強かった経営者は後にも先にもいない。

「スポン」さんも忘れられない人である。これまたずいぶんと昔の話になるのだが、お辞儀をしながら頂戴した名刺を見ると、「バンコック銀行 東京支店長」という肩書きの隣に、「ス  ポ  ン」とある。

間が抜けているのは誤植ではありませんよ。縦書きの名刺の天地いっぱいを使って、「スポン」と記されているのだ。

文章にしてしまうと、この可笑しさは伝わらないかもしれない。でも、筆者は思わず笑ってしまったのである。「ス  ポ  ン」。今、こうして書きながら、思い出し笑いをしているほど破壊力のある名刺だった。

「フルネームがスポンさんなんですか?」と尋ねずにはいられなかった。「いえ、フルネームはスポン・ソチタダといいます」

「だったら、スポン・ソチタダでいいじゃないか。ウケを狙っているのか、このおっさん」と内心で思ったものだ。

スポン・ソチタダなら、二度と思い出すこともなかっただろう。「ス  ポ  ン」。頼むから笑わせないでほしい(笑)。

そういえば、スポンさんとお会いしたのも一度きりだ。

もうひとり、これは御本人というより、インタビューについて忘れられないのが、金融担当大臣時代の竹中平蔵さん。

インタビューの時間が30分だったのかな、確か。で、残り時間が少なくなった頃合いに、秘書だか広報担当者だかが竹中さんの背後に忍びよって、ボード紙を掲げるのである。

「残り5分!」

こちらから見ると、竹中さんの頭上に「残り5分!」が浮かんでいる。秘書だか広報担当者だかの顔は、ボード紙に隠れて見えない。と、そんなアングルである。テレビなんかではよくあることかもしれないけど、雑誌の取材では初体験でしたね。

その後も竹中さんには何度かインタビューしたけれど、ボード紙が出てくることはなかったな。あれを出されると、なぜか時間きっかりに終わらなきゃという気にさせられるから、不思議なものである。記者にとっては迷惑だが、広報にとっては必殺技だなこれは、と思ったものだ。

長いこと記者をやってると、大げさではなく何万人という人々にお会いする。したがって、ちょっとやそっとのことでは、記憶に残らない。

一度きりならなおさらで、名刺を整理していて顔が思い浮かんでこない人などは山のようにいる(実は、スポンさんの顔も正直言って思い出せない。脳裏に浮かぶのは「ス  ポ  ン」という字面だけである)。

どうでもいい話ですけどね。しかし、どうでもいいと言えば、この連載はいつでも「どうでもいい」話ではある。

次回は「熱狂のインドへ(その3)」をお届けする予定です(笑)。