今年63歳の佐野元春は、未だ現役感を残したベテランロッカーとしてリスペクトされている。確かに佐野は、独自の方法論を貫き続けている稀有な存在だとは思う。

しかし、長いキャリアの中で、佐野元春が、臨界点を超えてブチ切れたのは、ニューヨークで製作されたアルバム「VISITORS」だけだ。

アルバム1曲目『COMPLICATION SHAKEDOWN』。「物事が複雑化してゆれ動いていること」と佐野自身がライナーノーツに記している。

メロディーは完全に排除され、ラップで羅列される抽象的な言葉の連打によって、日本的な俗情との結託は完全に駆逐される。かといって米国の新しいカルチャーであるヒップホップを礼賛するわけでもない。あくまでスタイルを拝借しているだけだ。

揺れ動く事態への危機感を強く感じながら、その危機感さえも疑ってかかる。ここまで高度に批評的な音楽は、日本にはこれ以前もこれ以降も存在しない。

愛されるキャラクターのパフォーマーが俗情と結託する「アイドル文化」が、ロックでも踏襲されている日本では、忌野清志郎や坂本龍一、矢沢永吉や萩原健一のような自
我肥大型のカリスマが多産されたが、佐野は、その対極に位置している。

佐野には自我もなく、愛情もない。ただただ、揺れ動く事態を抽象化するだけだ。

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