第73回 社長は呼び捨て、ストは日常茶飯事。出版社の「労働組合」の呆れた内情

いつかどこかで書いたことだが、出版社に入社してからの3ヶ月間は「新入社員研修」があり、その総仕上げとして最後の2週間、紀伊國屋書店の新宿本店に「奉公」に出された。

総務部長が新入社員を引き連れ、「2週間は”紀伊國屋さんの社員”です。煮るなり焼くなり好きにこき使ってください」と本店長に挨拶する。

その何日後かは忘れたが、総務部長から紀伊國屋に連絡が入った。電話に出ると、「これから労働組合がストに突入する。君たちも会社に帰って待機するように。店長さんには私から事情を伝えておいたから」という。

老舗・大手出版社のほとんどに「ユニオンショップ制」の労働組合があり、入社すると自動的に労働組合にも加入させられる。

したがって、研修中であっても社員は社員、組合員は組合員であり、紀伊國屋で働いていると「スト破り」になってしまう。という総務部長の説明に対しては、実にどうも呆れ返ったものだ。どの面を下げて、紀伊國屋に「ストです。帰ります」などと言えるのか。

おそるおそる「申し訳ありません」と店長に伝えたところ、「話は聞いたよ。大変だね。がんばって!」と言われた。

何を「がんばる」のかわからなかったが、おそらく店長にもわかっていなかっただろう。そして、新入社員が呆れているのだから、店長が呆れていないはずはなかったとも思う。

とにかく会社に帰らねばならない。

エントランスでは、腕章・ハチマキ姿の社員が「スト破り」を監視していた。スト中は無断外出は許されない。「今、紀伊國屋から帰りました」「ああ、ご苦労さん。今、”団交”やってるから参加して」と言われ、初めて「団体交渉」なるものを目の当たりにすることになった。

広い会議室にムッと人いきれがするほど社員が集まり、テーブルには社長、労担(労働組合担当役員)、総務部長らが並んで、吊し上げを喰らっている。

社長などは「呼び捨て」にされ、「ナンセンス!」「受取拒否!」といった怒号が飛び交っている。

何の話かと聞けば、夏闘(夏のボーナス交渉)の山場であって、会社の回答が組合要求にわずかに届かないため、組合が「満額回答」を突きつけ、ストに突入したというのだ。

心の底から「くっだらねェ」と思った。ただちに組合というものが嫌いになり、絶対にこんな活動なんかするものかと思った。

思ったのだが、入社2年めには組合の中執(中央執行部)の副委員長になっていた(苦笑)。

週刊誌の記者は全員が正社員であり、管理職の編集長・副編集長以外は全員(約30人)が組合員である。誰も中執の委員などにはなりたくないので、毎年あみだくじを引いて、2人の職場委員を選ぶ決まりになっていた。

ちなみに、中執は「専従」ではない。給料は組合でなく会社から出るし、会社の仕事をしながら組合の面倒も見るという仕組みである。ただし、組合からは年間手当(委員長、副委員長、職場委員ごとに異なる)が出る。

職場の週刊誌編集部が最多の組合員を抱えていたことから、「おまえ、副委員長やれよな」と委員長に一方的に押し付けられて、断われなかった。繰り返すが、入社2年めの小僧なのである。逆らえないヨ。

しかしながら、職場委員になった時点で、はっきり言ってムカっ腹を立てていた。あみだくじをやったとき会社にいなかったため、先輩が「おまえの分も引いといたからな」で貧乏くじをつかまされたのである。冗談じゃァない。

組合に対しては「仕事が忙しい」と言って、徹底的にズルけた。ついでに、職場に対しても「組合が忙しい」と言って、徹底的にサボった。この1年間はよかったな。と今になってもつくづく思う。

春闘ではベア、夏冬にはボーナスを巡って角を突き合わせるわけだが、その他にも組合員人事については「事前協議制」があり、ひと一人動かすのにも組合との合意が必要だった。普通の会社では考えられないことである。まったく、ろくなもんじゃァない。

1年の任期が終わって、副委員長の手当をもらった。いくらか忘れたが、小さくはない額である。それはそっくり組合に寄付した。他の委員からは怒・顰蹙(ド顰蹙)を買っていたので懐に入れていたら火あぶりにでもなっていたかもしれない。

会社の2~4階には、取材先の金融会社が「店子」として入っていて、階段を降りて(取材先の)社長によく会いに行った。

行くと必ず説教になる。

「お前ンとこのアレはなんだ。営業妨害もいいところじゃないか。そもそもだな、うちの会社はお前ンとこに頭を下げられたから借りてやってるんだ。いい加減にしないと、こっちにも考えがあるからな」

決まって30分、落語のマクラのようにガミガミ言われる。

「アレ」ってのは岡田監督の「アレ」ではなく、時たま組合が開く集会のことだ。「要求貫徹!」「満額回答!」みたいなシュプレヒコールがエントランスにグワングワン響き渡る。

エントランスには、この金融会社の受付もあるので、確かにこれは営業妨害だ。「闘争あるのみ!」みたいな怒号をいきなり聞かされたんじゃ、来客だって逃げて帰りたくもなるだろう。ほんとに、ろくなもんじゃァない。

社員が200人もいない中小企業に、はっきり言って労働組合などは要らない。もっとはっきり言えば「ガン」である。

もっとも、労働組合そのものが要らないと言っているわけでは、もちろんない。週刊誌の企画では、ずいぶん労働組合を取材したし、面白いこぼれ話も山ほどある。次回は、そんな思い出を記してみたい。

ところで、

毎回このコラムを読んでいただいている皆々さま(そんな奇特な御仁がいるとも思えないけど)からは、「損保の話は、どうなった?」と言われそうである。

損保の話は「記事」として某所に書くことになったので、お蔵入りになりました。泣く子と原稿料には勝てないもんですから、ご勘弁を。