第89回 明治神宮の初詣お賽銭の争奪戦、今だから書けるみずほ3行統合の内幕
謹賀新年。
昼酒を酌み交わしながら、お正月にふさわしいネタを思い出したので、さっそく一発ぶちかますことにしよう。
「明治神宮」の話である。明治神宮の「メインバンク」は富士銀行(現みずほ銀行)だ。したがって、取引店である青山支店も明治神宮の表参道入口という「特別の場所」にあった。
メインバンクであるからして、初詣のお賽銭の集金・入金管理なども富士銀行が一手に引き受けていた。
お賽銭と言っても、300万人からの参詣客が押し寄せる明治神宮である。十円玉、百円玉も積み重なれば10億円近くなるから馬鹿にならない。
みずほ3行統合(日本興業銀行・第一勧業銀行・富士銀行)が発表される1~2年前、知り合いが第一勧業銀行の青山支店長にめでたく栄転となった。
この知り合いが「やり手」で、富士が独占していた明治神宮の取引に食い込もうと日参し始めたのである。
大っぴらには言えない接待などもやったのだろうが、先ずは初詣のお賽銭の集金・入金管理を富士と代わりばんこに隔年で請け負うことに成功した。
一勧にしてみれば大手柄、富士にしてみれば大失態である。当時の支店長が左遷されても不思議はないくらいの「お賽銭騒動」だ。
問題は、その後である。明治神宮の取引を奪った奪られたの興奮も冷めやらないタイミングで、3行統合が発表されたのだ。
「どうしよう、えらいことやっちゃったよ」と一勧の支店長から電話がかかってきた。結果として、統合相手のお得意さんにチョッカイを出してしまったわけだから気持ちは分かる。
「こちらから挨拶に行くべきかな。それともしばらく黙ってたほうがいいかな」と迷っていたが、間違っても富士の支店長が訪ねてくることはない(笑)
思案投げ首の末に挨拶に出かけたものの、ずっと気まずい空気が流れていて「いたたまれなかった」と苦笑していた。
このコラムでも、みずほ3行統合については何度も書いている。長い記者生活の中でも、それだけ記憶に残るイベントだったのだ。
みずほの不幸は持株会社による旧3行再編が遅れたことにあると思っている。
持株会社は2000年に設立されたが、分割再編の法整備が間に合わなかったため、旧3行が「みずほコーポレート銀行」「みずほ銀行」に統合されたのは2002年のことだった。
それまでの約2年間、持株会社の下に興銀・一勧・富士がぶら下がるかたちになり、否も応もなく旧行間の主導権争いがエスカレートした。
最初から「みずほコーポレート銀行」「みずほ銀行」にシャッフルされていれば(もしくは、現在のみずほ銀行のように1行に集約されていれば)、その後の歴史はかなり変わっていたに違いない。
明治神宮ほどエゲツない話は珍しいが、そういうわけで統合発表後も旧一勧・旧富士の間では支店の縄張り争いが止まらなかった。むしろ、激しくなったと言ってもいい。
旧一勧・旧富士の支店配置はかなり重複しており、いずれどちらかをスクラップしなければならないのは自明の理だった。
支店が生き残るためには店格・歴史に加えて収益力が問われることになる。お互い負けるわけにはいかない。
そんな状態が2年も続けば、「協調」ではなく「競争」に陥ることは目に見えている。経営陣としては一刻も早く分割再編に踏み切りたかったはずだが、法整備のせいで遅れを取ったことは痛恨の極みだったろう。
と、ここまで書いて、そういえば旧一勧の青山支店はどうなったのだろうと思い、ちょっと調べてみた。
場所から推察するに、「みずほ銀行外苑前支店」というのが、どうやらそれらしい。
で、実に驚いたというか呆れたことだが、「外苑前支店」は2022年まで営業しており、その後に「青山支店」(旧富士の青山支店、繰り返しになるが明治神宮の取引店である)内に移転している。
Googleマップを見ると、現在も同じ場所に「青山支店」と「外苑前支店」がある。なんじゃこりゃ。
明治神宮のお賽銭を持っていかれたとはいえ、青山支店に関していえば明らかに旧富士の方が店格も規模も上だった。
つまり、「外苑前支店」などはとっくの昔に閉鎖して、「青山支店」に吸収されていても不思議はないし、そうしなければ合理化など図れないはずなのだ。
3行統合から20年以上たっても「外苑前支店」の看板が残っているという現実が、みずほの「宿痾」を雄弁に物語っている。
3行統合発表当時、みずほは「世界一の金融グループになる」と高い理想を掲げた。今では、三菱UFJ、三井住友の後塵を拝し、国内ですら3位に甘んじるていたらくだ。
法整備の遅れによりスタートダッシュでつまづいたのは確かに不幸ではあったけれど、店舗統廃合に象徴される融和策が後手に回ったのは経営の無為無策以外の何物でもないだろう。
三つ巴のバランス経営が残したツケはあまりに大きかった。3行それぞれに思い入れもあっただけに、みずほの現状は個人的にも残念でならない。
ところで、お賽銭騒動の張本人である旧一勧の青山支店長って誰だったっけ? 今どうしても思い出せない。名前も顔も、どういう知り合いだったのかも、すっかり忘れている。
2025年も前途多難な一年になりそうだ。