『スナック研究序説 日本の夜の公共圏』

カウンター越しに経営者でもあるママがいて、客はキープしたボトルの酒を飲み、歌う。

お通しはママの手作りで、ボトル代はだいたいどこでも3000円程度。
そんな業態である「スナック」について大真面目に論じた本が出た。

『スナック研究序説 日本の夜の公共圏』。固くて柔らかい不思議な研究書である。

まず冒頭の論考では、スナックを社会人のたしなみを学ぶ「人生の学び舎」として捉える。そしてその伝統を本居宣長の「物のあはれを知る」説と結びつけるのだ。

スナックは、様々な立場の人たちとの酒の席での交流が生む、日本古来からの、「和らか」な風儀と人情の世界というわけだ。

スナックを歴史を紐解いていくと、当初は最先端の若者が集う場であり、女給とのスキャンダルが文壇を賑わした明治期の「カフェー」にも連なっていく。しかしながら、現在のスナックは、むしろ地方都市でおじさんたちが集い歌う、ゆるい場所というイメージだ。

スナックの店名といえば「来夢来人」。ママに由来を聞くと、「よく聞く名前だから」という答えが多いという。尖った感性、自己主張、他の店より抜きん出ようという意志などは全く感じられない、このぬるさこそが、スナックの業態の基本姿勢なのである。

実際に一番多い店名は「さくら」、ついで「あい」「はな」だとか。これらの自己主張皆無な、無難な名付け方に漂う適当感に、思わず頬が緩む。

そこには日本人に染み付いたゆるい酒の飲み方の伝統があるのだろう。
頑張って最先端を気取ってみても、時の流れとともに結局ゆるくて適当な、伝統的宴会的雰囲気が勝ってしまうのだ。

統計学を駆使してスナックを浮かび上がらせた論考も相当に興味深い。
人口1000人あたりのスナック数が最も多いのは福岡市博多区。高知県奈半利町や沖縄県北大東村、北海道岩内町など、ごく小さな自治体が上位に食い込んでいるのもスナックならでは。

上位20位以内の東京都の市町村は、利島村(伊豆諸島)のみである。
他にも国民年金保険納付率が低い地域にスナックが多かったりもする。

面白いのは犯罪とスナックの関係。昭和の頃はスナックで起きた事件が週刊誌などでよく報道されたものだが、現在、スナックが多い地域ほど、刑法犯認知件数が少ない。スナックは、地域の治安向上に貢献しているかもしれないのである。

気鋭の研究者たちが、それぞれの専門から、本気でスナックとは何かを浮かび上がらせた一冊だ。

読み終わると、おじさんの気持ちよさそうな歌声が外まで響く地元のスナックが、実に奥深いものにみえてくるかもしれない。

『スナック研究序説 日本の夜の公共圏』(白水社/1900円)。