おいしさは、舌で感じる「味」で決まると思いがちだが、どうやらそう単純ではないようだ。

『「おいしさ」の錯覚』(チャールズ・スペンス著 長谷川圭訳)によれば、多くの人が、ブルーベリージャムとカシスジャムをこっそり入れ替えても、気がつかないという。よく似た色合い、瓶に書かれた文字などに惑わされ、明らかに違う両者の味を区別できなくなってしまう。

ある匂いを「ウォッシュ・チーズ」と表現されると、「汗まみれの靴下」と表現されるより、好ましい評価となる。

パタゴニアントゥースフィッシュという魚は、チリアンシーバス(チリのスズキ)と名前を変えることで売上が1000%伸びたという。
ちなみに日本でその魚はかつては「銀ムツ」と呼ばれ、2003年にJAS法改訂によりその名称での販売が禁止されて以降、「メロ」として知られる。
確かに「パタゴニアントゥースフィッシュ」より銀ムツのほうがはるかに買いたくなるだろう。

さらに、味は音にも騙されるという。
著者は、オックスフォード大学の心理学者・知覚研究者で、ポテトチップスをかじるときに流す音を加工して、実際よりサクサクに感じさせる研究でイグノーベル賞を受賞した。

サクサク音のうち、高周波の部分を増幅させ、ヘッドフォンから流しながら食べると、高周波部分を除去した音を流した場合に比べて15%ほど歯ごたえをよりサクサクに、よりフレッシュに感じることを発見した。

これはポテチだけでなく、リンゴであれセロリであれ、音の出る食べものに有効で、聞く音を変えることで、新鮮さや噛みごたえに対する評価を意図的に操ることができるのだ。

料理をめぐる錯覚の数々は、行動経済学を思わせる。実際、これらの現象は何より経済活動に応用されている。

レストランのBGMをポップスからクラシックに変えると食事客は一人につき平均2ポンド多く払う。バーの音楽の音量を22%大きくすると、客が飲む速さが26%上昇する。

曲線のテーブルは客を惹きつける(そして椅子は座り心地が良くないものを使うと回転率が上がる)。

照明の明暗、店に漂う香り、店の色とデザイン、メニューの表現、それらを適切に活用した店は、客の満足度が高まり、売上が伸びる。

カトラリーは重さが大事。人々は重いスプーンで食べたとき、軽いスプーンで食べるより、食品の味をより高く評価する。
そして海の音を流すと牡蠣はより美味しく感じるという。

もはや、シェフが注力すべきは、料理の味やドリンクのフレーバーではなく、「そのほかの要素」なのだ。著者は、「これから数年のうちに、皿から口まで食べものを運ぶ方法に大きな変化が生じるものと、私は確信している」とさえ言う。

「世界のベストレストラン」に選ばれるような、美食家の集うレストランの一部は、食体験を提供するテーマパークのようになりつつある。

それらの店でフォークやナイフではなく、奇想に満ちた方法で料理が口腔内に運ばれる日が来るのだろうか。

牡蠣が載った小さなロケットが、オークの薫香を噴射しながら荒れ狂う海の音を発しつつ口の中に飛び込んでくる日が来るかもしれない。