『生命活動として極めて正常』
前々回紹介した、『バリ山行』は日本文学の伝統の系譜に連なる現代の純文学と呼べる作品だったが、今回取り上げる『生命活動として極めて正常』は、その対極とも言える一冊だ。小説サイト「カクヨム」への投稿やはてなブログの年間ランキング1位(2022年)などで話題となった著者による初短編集、インターネットがなければ存在し得ないSF作品集である。
人間がレーティングで管理される近未来、上司による部下の殺害が制度化されている会社のシステムなど、ディストピア的な世界を描いた作品や、超体育会系なシンデレラのパロディなど、不条理で奇想天外な世界が、明快な文体で構築されていく。作品内で提示された謎は回収されず、展開は想像をはるかに超えて広がっていく。読みながら「荒唐無稽」「悪ふざけ」といった感想も浮かびかけるが、著者の知性と筆力によってそれは絶妙に制御され、作品たちは端正さを保って硬質な輝きを放つ。
中でも本作品集を読んだ多くの人が絶賛するのは、『老ホの姫』という作品だ。近未来における、いわゆる『オタサーの姫』の老人ホーム版だが、この姫は78歳のおじいさんなのだ。無茶苦茶な設定に一瞬拒否反応さえ起こりかけるが、読むほどになぜだが違和感なく思えるのが著者の筆力のすごさ。暴走する展開が、リアルなエピソードや心理描写によって不思議な説得力を得て、いつしか「かわいい姫(78歳のおじいさん)と彼に思いを寄せるその他のおじいさんたちをめぐる人間模様」の描写を違和感なく楽しんでいる自分がいることに驚く。怪作にして傑作、といえるだろう。
『生命活動として極めて正常』八潮久道著(KADOKAWA)