『俺の文章修行』

文章をうまく書きたい、と思う人は多いだろう。そんな需要に対して、谷崎潤一郎はじめ、作家による文章読本が多く出版され、様々な書き手が綴る「私の文章修業」なる雑誌連載もあったと記憶している。今月発売された町田康の『俺の文章修行』も、そのような作家による「文章術の本」のひとつ、とも言えるが、どうも違うようだ。何よりタイトルが「修業」ではなく「修行」である。前者は文章という「芸」を極めるものだとすれば、後者は宗教や精神修養、武道などにおける、悟りを求めるための実践である。町田康の作品には煩悩にまみれながら自ら静謐な境地に至るようなところもあるから、「修行」という言葉はむしろしっくり来るかもしれない。

冒頭、「文章力をつけるには本を読め、同じ本を何度も」ということが著者の読書体験とともに語られるあたりは、なんだか役立ちそうだし、同時に著者独特の文体に身を委ねるのが心地よく、気楽に楽しく読めるのだが、読み進めるうちに、文章は異様な迫力を持つようになる。五感で把握した「世界」と「自分」をつなぐ「変換装置」としての文章の、いたたまれなさや違和感を含めた、「決して文章にできない」ような「文章の本質」に、実に読者に誠実な形で、なおかつ強烈な凄みで、にじりよっていくのだ。

投入された言葉の密度と熱量は圧倒的で、それ感受する喜びがある一方、その重さに苦しくもなる。文章を書くことは、おのれの細部に向き合う「苦行」でもあるのかもしれない。世界と言葉に対して強烈な覚悟を持つことで、町田康の数々の名作が生まれたことに改めて感じ入るのである。

『俺の文章修行』 町田康 幻冬舎 1700円